25 ルームシェア
雷雅と龍弥の顔を見比べながらひなたが言った。
「それでどうする? 煌一はああ言ったけど、二人がイヤならタツヤはここに住まなくてもいいよ」
驚いた龍弥が、
「そんな! 煌一さんのご意思に背くなんて」
と慄くが、ひなたはこともなげに答えた。
「ライガが拒否したことにする」
「なんで僕?」
驚くのは雷雅の番だ。
「ライガがイヤって言えば、煌一も無理強いできない。ライガ、すごいな、煌一に命令しちゃえ」
「こんなに世話になってるのに、そんなことできませんって!」
「いや、ひなたさん、煌一さんを裏切っちゃっていいんですか?」
「ん? タツヤ、面白いことを言う。これが裏切り?」
「だって煌一さん、俺にこの部屋に住めって……あっ、でも俺がここに住んだら、ライのお母さんが退院した時、困りませんか?」
退院と聞いて、雷雅がハッと龍弥を見た。慌てて龍弥が目を逸らす。
(やっぱり母さんはもう病院から出てこれない)
龍弥がここに住む、それはここに雷雅の母が来ることはないってことだ。それが判っている龍弥が雷雅を気遣って『退院したら』と言った。その言葉はむしろ、雷雅にきっと退院なんかできない、だからここに母さんが住むこともないと悟らせた。
「僕は構わないよ」
雷雅が静かにそう言い、ひなたは雷雅を見つめ、龍弥は俯いてしまう。
ひなたがそっと、雷雅の肩に手を置く。
「ライガのお母さんが退院したら、家で引き受けることになってる。わたしの部屋に来て貰う」
気安めだと思う雷雅だ。けれど口にできない。
母さんの話しはもうやめだ。雷雅が話題を変える。
「ひなたさん、龍弥を襲った敵の目的、判っているんでしょう? 僕の情報?」
「うん? うん。ま、そうだな」
「だから僕の護衛の強化。そのために龍弥がこの部屋に住む」
「それもあるが、同時にタツヤを護衛する意味もある」
「お、俺を護衛?」
龍弥の声が裏返る。
「なんで、俺を? 確かに今回、後れを取ったけど、もう二度とこんな――」
「タツヤの実力を疑問視しているんじゃない。だけど闇の出現、そして影が影を襲った。闇の正体および影の襲撃者の正体が判明するまでは油断できない。影の狩人を一人でも失うのは痛い」
「だから、もう二度と!」
「よく聞け、タツヤ。おまえは守られると同時に守るんだ――この建物は様々な設備が施された、言わば要塞だ。だからこそわたしとマスターで充分と煌一は判断していた。だが事態が変わり、強化の必要がある。そのためのタツヤだ。ここに住むのがそんなにイヤか?」
「いや、そうじゃなくって……」
「さらにライガを目覚めさせ、能力を高める必要がある。その手助けにはタツヤ、おまえが適任だ」
「俺が?」
ひなたがクスリと笑う。
「タツヤ、おまえはライガのことを『ライ』と呼んだり『ライガ』と呼んだりするよな? ライガに心を許し、信用している。解術者をライガに設定したのもその現れだ。任務だからと言う理由だけじゃなく、おまえはライガを守る。自分が守りたいからライガを守る。わたしはそう感じている」
龍弥が気恥ずかしそうに雷雅を見て、すぐに視線を外す。
「ライって呼ぶのは、ライガの友達がそう呼んでいるから釣られたんだ」
龍弥がぽつりと言った。
「そして、俺がそう呼んでもライガは少しも嫌な顔をしなかった。驚くことも、戸惑うことも、躊躇うこともなく、何も考えず……巧く言えない。なにしろライガはそんな俺をほかの友人と同じように受け入れた――ただ、それだけだ」
「そうか……」
ひなたが笑みを浮かべる。そして雷雅に向き合った。
「ライガは? タツヤとのルームシェアはイヤ?」
「僕は……何か言える立場じゃないし。ここ、家賃払ってないわけだし」
「そんな事を気にするか?」
ひなたが声を立てて笑う。
「だって、それに、僕を守るためなんでしょう? 僕のためなのに、文句言えるわけないじゃん!」
「言いたいことがあるなら遠慮するな。善処するぞ」
「別にない。部屋は各自にあるわけだし――別の話になるけど、言いたいことじゃなくて訊きたいことならある」
「訊きたいこと?」
「うん、さっきの続き――なんで僕の情報を欲しがる影かいるのかってこと」
「それか……」
「タツヤを襲ってまで欲しい、僕の情報って何?」
ひなたと龍弥が目を見かわし、それを見た雷雅がムッとする。
「ふたりだけで判っちゃわないでよっ!」
「いや、ライ、俺も実はよく判らない」
龍弥が慌てて言い訳する。
「今の任務はライガを守ること、それって情報も含まれる。だからとっさにライガの情報を隠さなくちゃって思っただけだ――って、やっぱりヤツの狙いはライガの情報なんだ?」
龍弥がひなたを見、雷雅もひなたを見た。
フフン、とひなたが鼻を鳴らす。
「ま、相手から聞いたわけじゃないんだから、断定はできない。が、状況的に『ライガのこと』で間違いないだろう」
「状況的にって、闇の出現を言う?」
雷雅の言葉に、ひなたが首を振る。
「いや、影の新たな勢力のほう。ライガが欲しいんだ。陽の一族を抱えた影は他の影より絶対優位だ」
「新たな勢力――」
龍弥が震えたような気がした。
「どれくらいの規模なんでしょうか?」
「なんだタツヤ、おまえもライガと同じで馬鹿か? 今日、やっと、そんなのがいるって判ったのに、規模まで判るもんか」
ひなたの罵倒に龍弥の顔がほんのり赤くなる。
ま、いっか。と急にひなたが立ち上がる。
「陽だまりに行こう、タツヤ、お腹すいたんじゃないか? お粥だけじゃ腹持ちが悪い」
ひなたさん、またパフェでも食べるんですか? 心の中で雷雅が呆れる。
「煌一さんとマスターの打ち合わせの邪魔になりませんか?」
そう尋ねたのは龍弥だ。
「とっくに煌一は部屋に帰った――そろそろわたしが来るんじゃないかって、マスターがきっと待っている」
「マスターが?」
不思議がる龍弥に雷雅が耳打ちする。
「ひなたさんはすぐお腹を減らす……それに今日はまだパフェを食べていない」
「パフェ?」
「うん、ひなたさんの主食と言ってもいい」
不思議そうな龍弥にクスクス笑う雷雅、ひなたは『何か言ったか?』と、聞こえてないふりをしたようだ――
内階段から店に降りると、お待ちしておりましたとマスターが出迎える。シャインマスカットとメロン、どちらがいいか訊かれたひなたがメロンと答え、マスターがニッコリした。
「雷雅さまと龍弥さまはいかがいたしましょう」
さまなんて付けないで、と龍弥が言い、
「何かお腹に溜まるものってできますか」
と訊いた。
「オムレツのサンドイッチ、お好み焼き、おにぎりならツナにタラコ、あぁ、いなり寿司もご用意できます」
「それじゃあお好み焼きで」
嬉しそうな龍弥、
「僕もお好み焼き、お願い」
便乗する雷雅、
「マスターわたしも!」
ひなたまで便乗した。
出されたお好み焼きはソースのいい匂いの中に青海苔の香りが混じり、鰹節がゆらゆらと湯気に揺らされ踊っている。
「おおぉ! 見よ、この上昇気流! 鰹節に負けることなく我々も――」
「黙れ、ひなた」
ひなたの様子に目を丸くする龍弥、雷雅に一喝されて渋々黙ったひなたが食べ始める。なんだか愉快になって雷雅がクスリと笑う。いつも通りだ、それが嬉しい。そんな雷雅にマスターが優しいまなざしを向けていた。
今日は珍しくカウンター席に座ったひなただ。雷雅も龍弥も横に並ぶ。
「煌一、何だって?」
お好み焼きを箸で切り離しながらひなたがマスターに訊くと、マスターが少し俯いたように、雷雅には見えた。




