21 襲われた龍弥
期末考査が終わるころ、夏季休業中も生活圏から出るなと煌一から指令が来た。長期休暇だからって旅行になど行くなということらしい。
「都内近県のみ、だって――つまんないだろ? テーマパークにでも連れてってあげようか?」
「大丈夫、小学生じゃありませんから」
「ふぅん、小学生の頃の夏休みには旅行に行ったんだ?」
「旅行は年一回、一泊で。とうぜん近場。テーマパークも年一回。そんな感じ」
「そっか……」
ソーダゼリーを突くのに夢中なフリをひなたがしたと感じた。少し話し過ぎた。
母親が離婚した継父と結婚したのは雷雅が小6のころだ。それまで父親と呼べる人が家に居たことがない。年一度の旅行とテーマパーク、それが母親にできる精いっぱいだった。お母さん、頑張っていたんだね、そうひなたに言われたら、きっと雷雅は胸が苦しくなった。言わない替わりにひなたはソーダゼリーに八つ当たりした。そう思った。
「そう言えばさ、逃げた闇はどうなったの?」
以前、闇を追い詰めたショッピングセンターはあの十日後、予定通りオープンしている。屋上で闇を内包した災厄魂と影の狩人の戦いがあったと、知っているのは当事者だけ、建物や施設にただ一つも痕跡を残すことはなかった。シンヤとナナがよく足を運ぶと聞いて複雑な心境の雷雅だ。
「まだ見つからないさ。闇が人間の姿で、災厄魂を自分の内部に閉じ込めてしまえば見つけようもない――向こうが動き出すまで何もできないのが辛いところだ」
「その人間って、普通に生活してる誰かってことだよね?」
「うん、そうなるね」
「ねぇ、それってさ――」
ふと思いついたことを雷雅がひなたに尋ねた。
「さっきまで普通に仲良くしてた人が、何かの拍子で闇に変わるってことってあるの?」
ひなたがジロリと雷雅を見る。
「あるよ。稀に、だけどね」
「そっか……」
「心配いらないライガ、キミには優秀な影の護衛をつけている。安心しろ――龍弥とはその後どうだ? あまり愚痴らなくなったな。巧くいってるのか?」
「うん。例の勉強会、龍弥も来るよ」
「ヤツに勉強など必要ないだろうに。煌一が『十位以内に入るな』って指示したらしいぞ」
「それにしても二十歳? よく高一に紛れ込んでるよね」
「たった四つしか違わない。少し大人びた十六歳、みんなそう思うさ。自分で見て感じたことより、書類なんかのお墨付きを信じ込む輩が多い世の中だからな」
期末考査は自分でもよくできたと思っていたが、学年一位の成績と知った時は思わずコンコの顔を見てしまった。目が合ったコンコは、少しツンとした顔をしたがすぐに照れたような笑いを見せた。次は負けない、そう言われたような気がした。コンコは二位、そして龍弥はどう調整したのか十三位と、煌一の指示通りの成績だった。
「学年一位と二位が参加してる勉強会なんて、俺たちラッキーだよな」
夏休みに入り、陽だまりに初めて集まった日、シンヤが笑った。マスターがいつもいるカウンターの正面、店の入り口からゾロゾロと入ってくるのを、雷雅が店内で待ち構える。ひなたがいるコーナーとは反対側の壁際に、テーブルを三つ並べて席を作っておいた。
七人で四人掛けのテーブル三つは欲張り過ぎかと思ったが、教科書やら参考書やらを広げることを考えたら余裕があったほうがいい。どうせ陽だまりはいつも空席だらけだ。
「あれ? 龍弥は?」
「場所を知ってるから一人で来るって」
ほかのみんなは駅で待ち合わせたらしい。
「いらっしゃいませ」
マスターが嬉しそうな声で、雷雅たちのところに来て注文を取っていく。
「素敵なお店ですね」
セツがニッコリとお世辞を言った。
注文した飲み物が運ばれてくる頃になっても龍弥は来ない。
「こちらは山桜桃梅さんからの頂物ですが、皆さん、召し上がってください」
マスターがクッキーを乗せた皿を置く。いつの間に渡したのだろう? 『抜け駆けされた!』とコンコが笑い、シンヤが『マジで花婿候補だったのか?』と冷やかした。
初めて焼いたと言うセツに、『美味しいよ』と言うしかない雷雅、ちらりとコンコを見るとシンヤと笑い転げている。安心したような寂しいような、複雑な心持を味わった。
「次回からは、テーマを決めよう」
そう言い出したのはコンコだった。
それぞれやりたい教科を持ってくることになっていたけれど、そうすると、質問されるほうがあっちこっちとなって忙しい。
「みんなが同じことをするなら、答えるほうは一度で済む、でなきゃ持たないよ。ライもそう思うでしょ?」
雷雅は『そうだね』と答えたけれど、ミッツンが、
「みんな得手不得手があるから、その日やること決めたら来る意味がなくなることもあるんじゃないの?」
と言い出した。
「じゃあさ、その日、質問できる教科を決めておけばいいんじゃ? その教科をしなくちゃダメって決めちゃわないで」
ユウキの提案になるほどと、みんな納得する。それじゃ、次回の教科は質問したい人が多いもので決めて行こうよとナナが言ってこの件は終わった。
勉強会が始まって一時間が過ぎようとしても龍弥は来ない。
「アイツ、成績いいから勉強会なんか馬鹿馬鹿しくなったんじゃね?」
シンヤは辛らつだ。
「寝てるんじゃないの? 寝坊だよ、きっと」
ユウキは心配して、電話するかどうか迷っていた。結局、電話したが『出ないや』と寂しそうに呟いた。
「電話に出ないってことはさ、きっと寝てるんだよ」
ユウキをミッツンが慰め、
「ライ、おまえ、家、知ってるんじゃないの?」
とシンヤが雷雅を見る。冷たいように見えて、実は優しいシンヤだ。
「いや、僕、行ったことない。近いらしいけど」
「従兄弟なのに知らないの? いつも一緒に帰ってるのに?」
驚くコンコに、なんと答えようか迷う雷雅、
「いや、いつも途中で別れるから……んっと、ほら、僕もアイツも一人暮らしみたいなもんだから」
これ、言い訳になってるか? 迷いながらそう答える。
「ライはお母さんが入院中ってだけじゃん。高校一年で一人暮らし? 龍弥の家って何か問題でもあるの?」
遠慮のないコンコの追及に、頭がいいのは魅力なんだけどこんな時は厄介だな、と心の中で苦笑する雷雅だ。
「うん、両親は海外赴任中。龍弥だけ残ったんだけど、近くに親戚がいたほうがいいってんで、新たに部屋を借りたんだよ」
「あぁ、なるほど……それで転校してきたときは拗ねた感じだったんだね」
やっと納得するコンコ、あとで龍弥と口裏合わせしなくちゃと思う雷雅だ。
それにしても遅い。来ると言って来ないのは龍弥らしくない……なんだかイヤな予感がする。数分後、雷雅は予感が的中していることを知る。
カウンターの奥のドアが開いて、ひなたの声がした。
「マスター、ライガは?」
ひなたが僕になんの用事? 友達の前には出ないでって頼んだのに? 面倒なと思いつつ、雷雅が席を立つ。
「そちらでお友達とご一緒ですよ」
マスターが答え、ゆっくりとカウンターに近付く雷雅をひなたが見る。
「ひなたさん、引っ込んでてって――」
「ライガ、タツヤが意識不明で病院に運ばれた」
「えっ?」
真剣なひなたの顔、自分の顔が蒼褪めるのが判る。後ろではクラスメイトたちが一斉に息を飲んだ。
「どういうこと?」
ひなたに近寄り声を潜める。
「何者かに襲われたんだと思う。警察は轢き逃げされたと思っているようだが、そんなドジを踏むはずがない」
やはり声を潜めたひなた、マスターも顔を寄せて心配そうに聞いている。
「美立山病院に運ばれた――ライガ、一緒に行こう」




