18 屋上でランチ
昨日は色めきだった男どもが、今日は一様に鼻白んでいる。代わりに女子が細波のように囁き合った――なんかカッコいい……
隠里龍弥を紹介したあと、担任が本人に挨拶を求めたが、知らん顔で澄ましたまま何も言わない。それを女子は『かっこいい』と受け止めたらしい。
ただの不愛想、でなければ非常識、雷雅はそう思うが、あえて口にすることもなかった。できれば関わり合いたくない。が、すぐにそうもいかないことを知る。
「暁月、従兄弟なんだってな、面倒見ろよ」
そう来たか、と思った雷雅だ。どうせ書類を揃えているはず、否定したって意味はない。
担任教師は二日続けての転入生受け入れに戸惑ったようだが、従兄弟と聞いて納得してしまったようだ。しかもご丁寧に、
「鈴木、悪いけど隠里に席、譲ってやって。おまえ、後ろのほうがいいだろ?」
と、雷雅の隣の席だった級友を空いていた後方に移してまで、隠里を雷雅の隣にしてしまった。
「よぉ、ライガ、昨日ぶり」
馴れ馴れしいのも気にくわないが、昨日ぶりを否定できないのも忌々しい。しかも親類ってことになっているから無視もできない。何に対してか判らないが、敗北を感じる。
休み時間にシンヤやユウキと話していると、強引に割り込んでくる。明白に『おまえらと仲良くする気はない』と態度で示す龍弥に、シンヤとユウキは物も言わずに離れていく。
ナナのまわりにシンヤたちも含めて集まっているところに雷雅が行けば、来なくていいのについてきて、やはり場を荒らす。
「なんだ雷雅、こんなのとツルんでるんだ?」
慌てて龍弥をその場から引き離したが、もちろん龍弥はコンコたちのグループには嫌われたようだ。ほかの女子は気が付いているのかいないのか? ただ、近寄り難さは感じているようで、遠巻きに見ているだけだ。雷雅にとってはそのほうがいい。いや、むしろ誰かが龍弥をどこかに連れて行ってくれたほうがいいか?
「従兄弟って言っても、随分違うね」
龍弥がいない隙にコンコとセツがやってきて雷雅に同情してくれた。トイレくらい一人で行けよ、雷雅の言葉にさすがの龍弥も一人で行った。
「親戚だけど、あんまり親しいってわけじゃないんだ」
「でも向こうはライガ、ライガ、ってベッタリだよね」
「うん、イヤだけど、冷たくもできないから……」
無視できればどれほど楽か。
「なんだかライがみんなと仲良くするのを邪魔してるみたいだよね」
セツが少し拗ねたような言い方をする。それにコンコが
「わたしたちでライを龍弥から守るか?」
と笑う。
「なに? 僕って女の子に守られちゃうんだ?」
コンコの言い方が可笑しくてつい笑ってしまった。
そこにシンヤとユウキもやってきて、ライの従兄弟じゃなきゃ絞めてやるのに、と息巻いている。
「今さ、便所の前通ったら、他のクラスのヤツに絡まれてた。いい気味」
「マジ?」
「うん、マジ……おい、ライ、どこ行くんだ?」
慌てて教室を飛び出した。追いかけるシンヤとユウキ、さらにコンコとセツまでついてくる。龍弥が心配なわけじゃない。絡んできたほうの安否が気になる。
(喧嘩になったら、誰も龍弥に勝てるわけないっ!)
トイレに行きつく前に、前方から龍弥が来るのが見えた。
「ほかのクラスのヤツに絡まれたって?」
「おや、心配して駆けつけた?」
ニヤリと龍弥が笑う。
「ゾロゾロくっ付いてきたヤツ等は、わけも判らず雷雅ちゃんを案じてきたってとこだな」
「雷雅ちゃんって……」
雷雅の友人たちは呆れたが、事情を知らない廊下に居合わせただけの連中はくすくす笑った。
いっさい気にする様子のない龍弥がサラリと言った。
「絡まれたことは絡まれたけど、くだらないことしてないで自分の教室に戻って寝てろって言ったら、素直に言うこときいたぜ」
嫌な予感に、雷雅がシンヤに訊いた。
「絡んできたのって、何組の誰?」
「え、確か、C組の渋谷と中井」
C組に向かう雷雅を友人たちが追い、龍弥はニヤニヤしただけで自分の教室に戻った。C組を覗くと案の定、渋谷と中井は机に突っ伏してグーグー眠っている。
「ライ……どうなってるんだ?」
「判んない――」
するとセツが
「ひょっとして隠里さん、催眠術が使えるとか?」
と聞いてきて、雷雅はホッとしている。そう思ってくれれば好都合だ。
「うん、そうなのかも。あとで本人に聞いてみる」
「でもさ、喧嘩とかで大騒ぎにならなくって良かったよな――で、もう教室に帰らなきゃ、授業が始まる」
心配性のユウキに促され、ゾロゾロと教室に向かった。
昼休み――
今日ももちろんマスターの弁当持参の雷雅だが、龍弥が気になりランチルームに行くか迷う。学校で頼んだ仕出し弁当はランチルームで食べるのが決まりだが、持参した食事はランチルーム・教室・校庭など、学校内の常識的な範囲なら、どこで食べてもいいことになっていた。
「あんなヤツ、ほっときなよ。仲がいい訳じゃないんでしょ?」
はっきり言うコンコ、シンヤは
「気になるのは判るし、ライがランチルームに行きたいなら止めない。でも俺は行かない」
シンヤらしいことを言い、
「僕はあいつ苦手だ」
はっきり言ったのはユウキ、そこでセツが、
「ライと一緒に食べたい」
と言い出して、ナナとミッツンの賛同を得る。
つまるところ七人の大所帯、教室で食べてもいいけど男女混合で昼を食べるってのは前例がない。悪目立ちを避けるため屋上に出ることにした。
コンコが美術部から勝手に借りてきたブルーシートを敷いて晴天の下でのランチタイムが始まった。
「なんで美術部にブルーシート?」
「絵具で床を汚さないようにだって」
広げたブルーシートは、端っこに少しペンキみたいなのが付いていたけれど乾いていたし、できるだけ綺麗なところを選んで折りたたむと厚みができて、それなりに快適だった。
「あれ? ライ、お母さん、入院中だよね?」
「うん、そうだよ?」
「あぁ……ライの弁当、親戚のおじさんが作ってくれるんだって」
ナナの疑問にシンヤが答える。
「へぇ、美味しそう。お料理上手なおじさん、おいくつ?」
「年齢? そう言えば聞いてないや。五十は過ぎてると思うけど」
若かったらムコ候補にしたのに残念! とコンコが笑う。
「お母さん、入院してるんだ?」
そう聞いてきたのはセツだ。
「あぁ、一ヶ月くらいになるっけ? 結構長いね」
雷雅の代わりにユウキが答え、心配そうに雷雅を見た。
「うん、そろそろ一か月……でも、まだまだ退院できないんだ」
「そうか、大変だな」
一昨日、帰りに寄った時の母親の顔を雷雅が思い浮かべる。母さんはまた瘦せた。心のどこかで覚悟しなくちゃ、そう思っている自分に気が付く。
あの日、母さんが倒れたと学校に連絡があって、急いで病院に駆け付けた。そして帰りに、近道しようとあの公園を通り抜けた。病院から家に帰るにはそれが早かった。そしてひなたに出会った。
それからはいろいろあり過ぎて、考えることもあり過ぎて、そのいろいろが母親への心配を紛らわしてくれている。そのいろいろがなければ、きっと僕も母さんと同じように瘦せてしまっていたかもしれない。
黙ってしまった雷雅の背中をコンコが叩く。
「こら! ライがそんな顔してるとお母さんが心配するぞ」
「えっ? そんな顔ってどんな顔? ひょっとして僕、イケメンになってた?」
おどけた雷雅に
「おぉ! 陰りのある男の顔? 確かにイケメンに見えるかも!」
シンヤが乗ってくる。
「あら? ライは笑ってたほうがイケてるわよ」
セツの言葉に、雷雅以外が吹き出して大笑いした。




