15 警告を発する者
その日、雷雅のクラスは国語の授業がなく、臨時教員が教室に姿を見せることはなかった。それでも廊下で見かけることはあり、あれがそうだとすぐ判った。なるほど、確かに美人だし胸元が目立つ。それに若い。ひなたとそう変わらない。午後には杉浦というのだと、どこから来るのか情報が雷雅のクラスにも届いていた。
それより雷雅のクラスの関心事は山桜桃梅雪に集中していた。休み時間には男子が群がろうとするが、セツは気が付かない顔で女子の中に紛れ込んでいく。まずは女子と仲良くなる、セツは賢い人だ――可愛くて賢い、きっとすぐにクラスに馴染んで、セツは人気者になるだろう。
(僕には関係ないけどね)
そう思って、ほんの少し寂しい気分を感じた雷雅だった。ところが……
「ライ、カラオケ行くぞ」
誘ってきたのは錦城慎也、話を聞いてみると大澤菜々緒が言い出しっぺで、セツを囲んで歓迎会を開催するらしい。
「女子はナナとミッツン、コンコ、それにセツさん。男は俺とライと、ユウキ。ライをどうしても連れて来いってナナが言うんだ。頼むよ」
「なんで僕?」
コンコとセツが並ぶと童謡みたいだと思いながら雷雅が尋ねる。
「女子が考えることなんか、俺に判るか! でもさ、カノジョの頼みだからなぁ、断れない。判ってくれるよな?」
慎也は最近、菜々緒と付き合い始めた。入学式で一目惚れした慎也が、二ヶ月毎日話しかけ、やっとのことで付き合いだした。そんな慎也だ、菜々緒の頼みが断れないのも判らなくはない。
「ユウキのこともナナちゃんに頼まれた?」
「いーや、俺が気を利かせたんだ。ユウキ、なかなかミッツンに近寄れないでいるからな、チャンスを与えた」
小山内勇樹がミッツンこと三波小百合に片思いしていることはユウキ・シンヤ・ライガ、三人だけの秘密だ。でもきっと女子にはバレていると、雷雅はひそかに思っている。
そう言えばセツはコンコの隣の席だった、と雷雅が思い出す。コンコこと金藤季実子は学級委員長、クラスの女子のボス的存在、女の子っぽいところは少々欠けるが、それだけに気持ちのいいヤツだ。
コンコ・ナナ・ミッツンの三人は女子にありがちなグループの一つで、きっとセツはこのままこのグループのメンバーになるだろう。
「な、ライ、俺とユウキだけじゃ心細いし、おまえ、コンコと仲がいいじゃん」
「仲良くなんかないって。金藤は誰にでもあんなだよ」
「それもそうなんだけど――何しろナナがライガをって言うんだ」
確かに小心者のユウキだけだと、シンヤが一人で頑張ることになりそうだ。
「判った、でも一時間だけだ――今、親戚に世話になってて門限あるから」
成り行きを見守っていた菜々緒たちに慎也が駆け寄って報告に行く。慎也を目で追った雷雅、こっちを見たセツと視線が重なり、慌てて目を逸らした――
そんなわけでいつもより一時間遅い帰りを急ぐ雷雅だ。
(それにしても……歓迎会じゃなかったのかよ?)
思い出して苦笑する。
ナナは人気女性グループの歌を女子みんなで歌いたがり、ナナの気を引きたいシンヤはハイテンポな歌ばかりをがなり立てる。ユウキに至っては、ミッツンの隣に座わりたがっているのが目に見えるものの、歌うたびにミッツンの席が変わるので追いつけない。
それなのに、雷雅は常にコンコとセツに挟まれて、しかも流行なんて知らないと言うコンコから一緒にアニソンを歌えと強要される。仕方なく、知っている曲は一緒に歌った。
「コンコちゃんと仲がいいのね」
コンコが一人で歌っているとき、セツがライガに訊いてきた。
「仲が悪くないってだけだよ。金藤は誰にでもああだから」
「そう思っているのは雷雅くんだけじゃなくって?」
「そんなこと、ないでしょ?」
「わたしも雷雅くんと仲良くなりたいな――ライガって名前、かっこいいよね」
「名前がかっこいいってあるんだ? 山桜桃梅さんって苗字は珍しいよね」
「うん、よく言われる。それに、山、桜、桃、梅、雪……日本画のテーマみたいだねって」
「あ、花鳥風月みたいな? そう言われればそんな感じだ」
つい笑った雷雅にセツも安心したような笑みを見せる。
「うちのクラス、仲がいいからセツさんもすぐみんなと仲良くなるよ」
「セツって呼び捨てにしていいよ。ナナもミッツンもコンコもそうだし――シンヤくんみたいにライって呼んでもいい?」
そこにコンコが帰ってきて話が途切れた。
なに話してたの? 問うコンコになんて答えるか迷う雷雅、雷雅を乗り越えてセツが笑う。
「内緒! コンコには教えてあげない」
「えーーー、ちゃんと白状しろぉ!」
女子のじゃれ合いに挟まれて逃げ出したい雷雅が時計を見るとそろそろ帰る時間だった。
もう少し歌っていくと言うみんなを残し、一人先にカラオケ店を出た雷雅だ。
(みんな好き勝手……なんか、セツさんのお守役に呼ばれた気分)
僕がセツさんの相手をして、コンコがそのサポートにいて――そう感じて、ふと思う。勘違いしちゃいけない……
勘違いすれば恥をかくだけ。勘違いしたら切なくなるだけ。
(あれ? なんで切ないんだ? いや、何をどう勘違いするんだ?)
教室に入ってきたセツを見た時感じたキュンを雷雅が再び感じる。
(あれ?)
まさか僕が? なんとも言えない不思議な感覚に戸惑う。だけど、でも、と思いながら、前からこちらに向かってくる人を無意識に避けようとして進路を少し変える。すると、向こうも同じ方向に進路を変えた。
(うん?)
雷雅の物思いが途切れ、向かってくる相手をまじまじと見た。わざと僕に向かってきている?
同じくらいの年齢、たぶん少し上、そして男……こんなヤツ知らない。気にしないふりで、再び進路を変える。すると向こうも変えてくる。ぶつかる気か? とうとう避け切れない距離になり、互いに歩みを止めた。こいつ、僕に喧嘩を売ろうってのか?
「……何か用?」
雷雅が静かに問う。相手がフンと笑ったような気がした。
「用はない。だけど興味がある」
「興味? あいにく僕はあんたに興味なんかない。急いでいる、通るよ」
掴みかかられないかと警戒しながら、相手の横を通り抜ける。相手に動く気配はない。が、すれ違いざま囁くように言った。
「そろそろ災厄魂が出始める頃だもんな」
「!」
思わず立ち止まる雷雅、至近距離で相手と睨み合う。
「災厄魂に食われるとでも、影のヤツ等に言われたか? 騙されるな、災厄魂は陽を食ったりはしない」
「な、何の話だ? って、おまえ、何者だ?」
「動揺が丸見えだよ、可愛いねぇ――自分の頭でよく考えろ。とにかく警告はしたぞ。また、近いうちに会おう。今日は帰れよ」
「ちょっと待てよっ!」
雷雅を置いてソイツはすたすた歩きだす。追おうとする雷雅の足は地面に張り付いて動けない。
(ひなたの仕業だ。ひなたの影が僕の足を止めた――)
どうしたらいいか判らないうちに、相手の姿は見えなくなった。




