13 陽と闇
どちらにしろ、ターゲットは雷雅だったと言うひなた、そうでございましょうねとマスターも同意する。
「ひなたさんだったってことはないんだ?」
「わたしを狙ったところで闇に旨味はないからね」
「僕なら利用価値があった?」
「あの場にいた中で闇にとって一番の脅威はライガ、キミだったってことだ」
「僕が脅威? 陽の一族だから? 災厄魂を消滅できるのは陽の一族って言ってたけど、災厄魂だけでなく闇も消滅できるってこと?」
「ライガが陽の一族だからって言うのは当たっているけれど、闇を消滅できるってのは少し違う」
「陽で照らせば、闇を消滅できそうだけど?」
「闇を陽に変えることができるってのが正しい」
「闇を陽に? えっ?」
「そもそも闇は存在しなかったものだ――陽が失われた時、そこに闇が生まれた」
「陽が失われた……もしかして、僕って死ぬと闇になるの?」
笑い飛ばされると思ったのに、笑うどころか雷雅を見るひなたの顔は暗い。
「普通に死ねばそんなことはないけれど――」
「普通じゃない死ってどんなだよっ?」
声を荒げる雷雅にひなたが黙る。
「雷雅さま、落ち着いてくださいませ」
マスターが静かに言った。
小さな溜息ののちに、ひなたが沈黙を破る。
「出会ったあの日、禍津火神の話をしたのを覚えているか? 禍津火神は穢れを引き受けていると教えたはずだ」
「うん。その穢れが何かのはずみで飛び出して災厄魂になる」
「で、闇は人の心の中で日々生産され昇華されるとも教えた――穢れとは、もとを質せば昇華された闇だ」
「だって、昇華されているんでしょう?」
「昇華され、いつしか人は自分の中に闇があったことを忘れる……忘れたってことは、禍津火神が引き受けたという事に他ならない。が、昇華されているのだから穢れが闇になることはない」
「闇にはならないけれど災厄魂になる」
「うん、そうだね。昇華された闇は災厄魂になる――では、今回のように実体を伴った闇、これはどこから来たのか」
「昇華されずに心の中に残った闇?」
「心の中に残っていると言うなら、その心はどこにある?」
「……人の心? でもあれは、あの災厄魂の中にいたのは、人なんかじゃない!」
再び雷雅が大声で怒鳴り、マスターが顔を顰める。
「雷雅さま――」
「いいんだ、マスター。雷雅は自分が追い詰められていると感じている……ねぇ、温かいココアを入れてくれないか?」
「ココアなんか飲んでる場合じゃないでしょう? さっき、判らないを頻発してたけど、ひなた、あんた、本当に判らないのか? 隠しているんじゃなくて?」
「呼び捨てにするなと言ったはず――まぁ、話してやる。煌一は、覚醒するまで黙っていろと言っていたけれど闇が出てきたんじゃライガも知ってたほうがいいと、わたしは思う」
「お嬢さま……煌一さまに逆らっては――」
「なに、わたしはライガと契約した。最優先は今やライガ。もとより影は陽に従うもの。それよりマスター、ココアをお願い」
もっと何か言いたげに、それでもマスターがカウンターに向かう。
「僕、覚醒するとどうなるんですか?」
雷雅の質問にひなたが首を傾げる。
「どうしても知りたいなら教えなくもないが、今はもっと重要なことを話そう」
「騙そうとしている? それとも隠そうとしている?」
「そうわたしを疑うな。わたしがなんでもあけすけに言わないのは、おまえのことを思ってのことだ」
とにかくココアを飲んで心と身体を休めてから続きを話そう。きっぱりしたひなたの物言いに雷雅も黙るしかない。
絞り出されたホイップクリームに刻んだオレンジピールが散りばめられたココアは程よい甘さで、ひなたが言うように心も身体も癒された。
少し穏やかさを取り戻した雷雅を見ながら、ひなたが話し始める。
「闇は人の心が生み出す。だから基本的に闇として出現することがない。出現することはないが、人に罪を犯させる」
「それ、普通に『心の闇』って言われるものと同じじゃ?」
「そうだね、そう思って差し支えない――だが、そうやって人に過ちを犯させる闇はまだいい。厄介なのは、人自体を闇にしてしまうものだ」
「人自体が闇?」
「さっき我らが取り逃がした闇、災厄魂に包まれたあの闇、あれは闇の中にさらに人がいる」
「えっ……?」
「だから知性を有している。一番奥底にいる人間が闇を支配し、災厄魂を使役し、己の野望・欲望・恨み・憎しみ、そんなものを果たそうとしている」
「待って、その人間ってどうなるの? いや、生きてるの? それとももう死んでるの?」
「ライガ、ちゃんと話を聞いてるのか? その人間の意思で闇と災厄魂が動くと、わたしは言ったつもりだったが?」
「あ……生きているってこと?」
「さらに厄介なのは、そいつは普通に人間としても存在してるところだ」
「あん?」
「意味が判らないと言う顔だ――闇と災厄魂を自分の心の中に潜ませて、人間としての日常生活をおくる、と言えば判るか?」
「ひなたさん、それって、滅茶苦茶怖い。バスや電車で、隣の席にその人が座ってても判らないってことだよね?」
「今度は察しがいいな。その通りだよ、ライガ。が、そんな遭遇で危険に晒されることはない」
「なんで?」
「知性だよ、ライガ。知性があるから、電車なんかで正体を現したりしない。テロを企てたとしても、自爆テロみたいに自分を犠牲にしたりしない」
「テロを起こすこともあるんだ?」
「うん。でも、まぁ、テロは闇より災厄魂が起こすってことが多い。闇は戦争のほうが好きだ」
「テロも戦争も、どのみち人間の仕業だ」
「そう、心の中に闇や災厄魂を住まわせている人間のな」
「ねぇ、災厄魂は人間に憑りつくんでしょう? だとしたら、心の中に住まわせるって無理なんじゃ?」
「うん……」
ひなたがマスターを縋るような目で見た。マスターが気づかないふりで目を伏せたように雷雅は感じた。
「災厄魂を操り、闇を自らに内包し、そしてその両方に自分を守らせる、そんなことができる人間は一握りだ」
「今度は何? 闇の一族とかいうのが出てきそうだ」
蔑みの匂いのする雷雅の物言いに、ひなたが鼻白む。
「マスター、お水」
はい、お嬢さま。マスターが席を立ち、すぐに戻り、ひなたの前に氷の入った水のグラスを置く。それを一気に飲み干した。
いったんグラスを置いて、もう一度手に取ると、口を大きく開けて氷を入れた。がりがりと砕く音が雷雅にも聞こえる。最後の氷を砕き終わると諦めたのか、ひなたは雷雅に目を向けた。
「ライガ、闇の一族なんてのはない。災厄魂や闇、そして陽と影、それらを隷従させることができるのは――」
ひなたが言い淀む。そして雷雅を見つめて、ゆっくりとこう言った。
「それはただ一つ、陽の一族だけだ」
雷雅を見つめるひなた、そのひなたの顔を雷雅がマジマジと見返す。
「それはつまり、あの闇の中に、僕と同じ陽の一族がいたってこと?」
「たぶん、そうなんだと思う」
「……」
ひなたが大きく溜息を吐く。
「こないだここに煌一が来た時、キミをスキャンしたのは覚えている? あれは、キミの中に闇が潜んでいないかを確認するとともに、キミの両親がどんな存在かを確認した。存命なのか、存命ならば心身ともに健やかか。心が病めば闇に陥りやすいのは判るよね?――いや、そんな顔をするな、念のための確認だよ」
知性を持った闇が出現するのは稀なことなんだ。陽の一族だってなかなか見つからない。だから念のため、確認しただけなんだ。
「それで、どうだったの? そうか、母さんは既に陽の一族の能力が消失しているから問題外。で、父親は、誰なのかさえ判らなかったんだっけ? 両親には問題なし? それじゃ僕には? 僕の弱い心は大問題? まさか、あの闇の中にいたのが僕の分身だとか言い出さないよね?」
雷雅のこの言葉に、ひなたが目を丸くした。マスターさえも身を乗り出す。
「そんな発想をなぜした? おまえ、自分が分身できると思っているのか?」
ひなたの様子に雷雅が緊張する。
「なんだよ? 思い付きで言っただけなのに……まさか? まさか、覚醒したら、そんなこともできるようになる?」
そんな雷雅を、さらにマジマジとひなたが見つめる。
「うん、できるようになる。と、文献にはある」
「……」
「よく聞け、ライガ。いいか、陽の一族は、陽・影・闇を凌駕する。すべてを従属させる。そんな力を持っている――そして雷雅、キミは自分が陽の一族だと知ったことで覚醒が早まりつつある」
「覚醒が早まる?」
「自分では自覚していないようだけど、すでに能力を発揮し始めている」
「そうなの?」
「影の狩人たちの呪文が聞こえた。災厄魂の検知は映像に近いものになっている。さらに、狩人でもなかなか検知できない闇にも気付いた――決定的なのは、ライガ、キミが命令したら、わたしは逆らえない」
「え……?」
「キミはわたしに時どき『黙れ』というね。それにわたしは逆らうことなく黙る。わたしの意思で黙ったのだとキミは思っているかもしれない。だが違う。キミに黙れと言われれば、わたしは自分の意思に反したとしても、黙らざるを得なくなるんだ」




