120 そして明日へ
黙って聞いている影たちの視線が動くのを雷雅は感じる。五人も人を殺しておいて事故だなんて言わせない、そう思ったんだろう。
「恒星は大奥さまに自分がしていることを話した。炎影・月影に潜入し、支配の準備は整っている。自分と手を組んで神影を動かして欲しい。陽と影にとって、より良い世界に変えていこう――その中で、陽彩さんが狩人を殺めてしまったことも言ったと思う。大奥さまの口から妻に『許す』とか『仕方なかった』とか、言って欲しい、そう頼んだ。でも、大奥さまの返事は冷たいものだった」
大奥さまでなくても、恒星の自分勝手に呆れるだろう。どんなに大奥さまが寛大でも、受け入れないと思う。
「そんな大奥さまを威嚇しようと恒星は閃光を大奥さまの足元に投げた。そこにさつきさんが飛び込んで大奥さまを庇った――」
マスターの緊張が痛い。けれどこの想像は、マスターの話を聞いて雷雅の中で確信になっている。
「目の前に躍り出たさつきさんを庇って前に出ようとする大奥さまにも威力は及んだ。当たらないはずの攻撃が二人の命を奪った――自分の仕出かしたことに恐れ戦く恒星、そこに異変を感じた総本部長と二人の狩人が現れる。その時にはすでに通常の判断力を恒星は失していた。自分を捕らえようとする狩人に抵抗し、さらに三人を殺めてしまった」
そうだ、もし恒星が冷静だったら『鎮まれ、騒ぐな、動くな』と命じただろう。逃走するだけならそれで事足りたはずだ。
「五人も殺害すれば、まず考えるのは証拠隠滅、これは陽や影や焔でなくても考えること。総本部を消失させたのは、そのためだ――だけど、それも恒星が自分を責める原因になっている」
落ち着きを取り戻した時、なぜ狩人に捕らえらなかったのだろうと嘆いた。そうしておけば、罪の重さに苛まれることもなかった。
「恒星は自分の弱さに負けた。総本部襲撃について都合のいいように陽彩さんと彗星さんに話し、総本部長選に乗り込むと宣言する。狙いは影だ。中でも、従わなかった神影を重点的に狙え――でも本心は違う。取り返しのつかないことをした自分を罰したかった。罪のない影を五人も殺した。その中には初恋の女性も含まれる。死ぬしかない、そう考えた」
ふと思った。なんでこんなに自分勝手な男を大奥さまは好きになった? ひょっとしたら――恋人同士だったと思っているのは恒星だけなのかもしれない。大奥さまは友達程度にしか思っていなかったんじゃないのか? 今更知りようもない事だし、どうでもいい事だ。
「さっき聞いた陽彩さんの話から、恒星の企みはすべて自分たちの母親のためだったと彗星さんも流星さんも気が付いたはず。あの兄弟がそれを陽彩さんに告げるかは判らない。でも、今度こそ、兄弟が力を合わせ、父親の暴走を止める、僕はそう期待している。それ以前に、恒星は二度と影には近づかない」
『何が優しい父親だよ? 父親を尊敬してる、だよ? 子どもなら父親が好きでしょう? ふざけるな! 優しい夫、尊敬できる父親、それを僕と母さんから取り上げたのはアンタたちじゃないかっ!』
雷雅が激高した時、恒星の意識は戻っている。みんなは雷雅に気を取られ気が付いていなかったかもしれない。でも雷雅は確かに見た。恒星の目尻から、光るものが流れて消えた。
その涙は後悔か? それとも謝罪か? そんなこと知るもんか。どちらにしろ僕は許さない。ほんの少し涙を流したからって、償える罪じゃない。
「恒星は自分の罪を自覚している。それで充分だ――罪の自覚はヤツを苦しめ続ける。決して許されることがない。責めているのが自分だからだ。殺して欲しいなんて甘ったれるな。せいぜい長生きして苦しみ続けろっ!」
背中に龍弥の手を感じ、雷雅がハッとする。話しているうちに、怒りが込み上げて冷静さをなくしていた。
「ごめん、取り乱しちゃった――なんか説明が下手で判り辛いかもしれないけど、僕がヤツを帰したのはこんな感じで……」
フッと、ひなたが笑みを見せ、チョコレートに手を伸ばす。チョコレートが口から消えるのを待って、雷雅に言う。
「大変な思いをさせてしまったって、やっぱり思う。ごめんね、ライガ。ライガがこのまま帰すって言った時、止めればよかったって思ってる。そしたら雷雅が一人で抱え込まずに済んだ」
グッと息が詰まる感覚に雷雅が身を固くする。そうしないと泣きそうだった。急激に安心したのかもしれない。
難しい顔をしていた煌一がひなたの隣で、不意に表情を崩し笑った。
「考えてみると、何もしないで帰すって言うのが、アチラさんにとっては一番きつい仕打ちだな――見ようによっては相手にされなかったとも受け取れる」
「そうでございますねぇ」
マスターも煌一に同調する。
「それにわたしは、生涯に渡って続く責め苦を与えるとは、雷雅さまは意外と怖いお人だと思いました」
煌一もマスターも、本当は腸が煮えくり返っているだろうに、僕の判断を認めると言ってくれた。今また、僕が泣き出しそうになったのは安堵ではなく、感謝で胸がいっぱいだからだ――
総本部長の選出は秋の総会まで持ち越されることに決まった。どうせ九月の終わりには同じようなメンバーで総会があるのだから、それまで本部長不在でもいいじゃないかと、ひなたが言ったらしい。本部長代行に炎影照晃を指名したのもひなただ。息子でいいんじゃない? 軽いノリで言ったひなたに、誰も反対しなかったと煌一が笑った
煌一は『ひなたの部屋が居心地いい』と言って神影家には帰らなくなった。飯が旨くて太りそうだと、時どきボヤく。惚気てる、と雷雅と龍弥が陰で笑っているのには気が付いていないようだ。
龍弥は迷った挙句、一度だけと言って実家を訪ねている。びっくりするほど歓待されたらしく、帰ってきてから雷雅に『たまには顔を見せに行ったほうがよさそうだ』と呟いた。
マスターは一見、なんの変化もなさそうに見えるけど、みんなに内緒でチョコレートを食べてぼんやりしている時がある。気付いているのは雷雅だけだったかもしれない……でも放っておいた。踏み込んではいけないと思ったからだ。
まったく変化がないのは、言わずと知れたひなただ。毎日のパフェも、あの絶賛も、もちろんあの口調にも変わりはない。ただ、お盆が終わった頃から食欲が減退し、今までが食べ過ぎだったんだと煌一に笑われている。
そして雷雅は……八月の最終週には勉強会を再開した。夏休みの宿題の、答え合わせを兼ねた総仕上げだ。もちろん龍弥も参加している。どうやら龍弥はこのまま卒業まで、雷雅と一緒に通学するつもりらしい。クラスメイト達は心配していただろうに、敢えて母について話題にすることはなかった。日常が戻ってきた、と雷雅は感じている。
ユウキとミッツンは、少し見ない間にラブラブ度が高まっていて、揶揄うのも恥ずかしいくらいになっていた。
「ねぇ、いっそわたしたちも付き合っちゃおうよ」
セツが冗談めかして雷雅に言う。
「僕でいいの?」
雷雅も冗談で応酬する。
「あー、でも駄目だ、僕、ほかに好きな人がいる」
冗談なのか本気なのか判らない雷雅に、セツは拗ねたが他はみな笑い、誰だ、誰だ、と雷雅を冷やかす。
「片思いだもん、言えるかよっ!」
笑う雷雅、騒がしさの中、龍弥がニヤリと笑う。
明日からは新学期という日、陽だまりのいつもの席にいるひなたがぐったりしていた。食欲はまだ戻らないらしく、病院に行ったと言っていた。でも結果は訊いても教えてくれない。
「パフェをお作りしましょうか? ほかがいいならなんでもお作りしますよ。お粥はいかがですか?」
マスターがオロオロする。
そこに本業で出かけていた煌一が帰ってきた。
「コーちゃん……」
泣きそうな声でひなたが煌一を呼んだ。
「どうした、ひなた?」
いつもと違うひなたに、煌一も少し焦ったようだ。
「コーちゃん、今日ね、病院行ってきた」
煌一が息を止め、マスターが手を止め、雷雅と龍弥がお喋りを止めた。
「あのね、赤ちゃんができたって」
「あ……」
言葉を失くした煌一の代わりに雷雅と龍弥があげた歓声が、『陽だまり』を華やかに満たしていた。




