12 予測できない攻撃
そもそもなぜ光の中に影ができる? と、ひなたが雷雅に問う。
「え、そりゃあ、何かが光を遮って――」
「遮られて光はどこへ行く?」
「いや……そんなこと、考えたことないや」
「うん。ま、そうだよね――簡単に言うと、遮られた光は影に吸収される。物理学とか、そんなもんはこの際考えるな」
「考えろって言われても、きっと僕、判りません」
「それでよし! で、影の一族は吸収した光を放出することもできる」
「影だけでなく、光も操れるってことですか?」
「光を操れるってのとは少し違うかな。あくまで影の一族が放出する光は直線にしか進まない。操れると言ったら曲げたり歪めたりも含まれる」
「うん? あれ? まさか、陽の一族は光を操れる?」
「それは……」
少しだけひなたが言い淀む。
「能力の強い者が修練を積めば、と聞いている――が、ライガ、光を曲げたり歪めたり、それはとても危険だと思う」
「危険?」
「光はまっすぐ進むもの、それが摂理だからだ。この摂理が崩されれば世界は崩壊する。光がまっすぐ進むからこそ、我らは目に見えるものを信じ進んで行ける――でもね、陽の一族は自分の目に飛び込む光なら、自在に操れる」
「つまり?」
「壁やカードの裏側のように何かの後ろ、精進次第で遠く離れた場所を見ることもできる」
「あ……千里眼?」
「うん、そんな感じ――何しろ、自分の目に入り込む光ならいいけれど、世の中を照らす光に触ってはいけないってことだ」
ひなたの話を聞いて、雷雅はいつか行ったテーマパークのアトラクションを思い出していた。凹凸のある鏡が並べられた迷路だ。鏡に触って確認しながらやっとのことで出口に辿り着けた。
あれはアトラクションだし、触れる鏡がそこにあったから楽しめたけど、ひなたが言っているのは光そのものの話だ。あの状態で頼るものがなければ、きっと一歩たりとも進めない。精神が崩壊する人だって出そうだ。
コーヒーちょうだいとひなたがマスターに言い、僕も、と雷雅が便乗する。ニッコリ笑ったマスターが、『少々お待ちを』とカウンターへ向かう。雷雅の様子に、ひなたが『ほう』と呟く。
「どうかしましたか?」
「うん? そうだね、やっとライガが馴染んできたなと思って。マスターに遠慮しなくなった」
あっと雷雅が顔色を変える。
「僕、図々しかった。生意気でしたよね、今の言葉使い」
「いや、あれでいいんだ。マスターもきっと喜んでる。打ち解けてくれたってね」
「そうでしょうか?」
「うん、間違いない」
ひなたが優しい笑みを見せた。
「ライガに聞こえた『祝詞』のようなってあれ、あれは影の狩人が唱えた呪文だと思う」
「災厄魂を捕らえるのに呪文を使うんですか?」
「あの時唱えたのは、攻撃し、弱体化させ、命じ、服従させる、そんな効果の呪文だった――そうそう、裂けた災厄魂は裂けた数に分裂するんだ」
「増えちゃうってこと?」
「うん、増える。でも力は分配されるから、一体一体は弱体化する――まさか中に闇が潜んでいるとは思わなかった煌一が弱体化させて捕らえる作戦に出て……ま、結果はああなったってことだ」
「煌一さん、責任問われる?」
「どうだろう? 長崎でどうだったかにもよるんじゃないかな?」
「長崎? 京都じゃなかったの?」
「長崎の報告をしに京都に行った」
「なるほど……」
何がなるほどなのか判らないけれど、そう答えた雷雅だ。
「お待たせいたしました」
マスターは、コーヒーだけでなく、剥いたリンゴを用意してくれた。小さなフォークが添えられた器がひなたと雷雅、それぞれに置かれる。
「おぉ! リンゴ! ライガ、リンゴはな、硬いうちが美味なんだ。ふにゃふにゃ柔らかくなっちゃうと美味しくない」
「わっかりました! 黙って食べなさいっ!」
これ以上好き勝手言わせていると、また誤解させられて揶揄われる。ひなたを黙らせた雷雅だ。そう言えば、雷雅が『黙れ』と言えば、ひなたは黙る。意外とひなたも素直なのかもしれない。ひなたの様子を盗み見ながら雷雅もリンゴを口に入れた。シャキッと美味しいリンゴだった。
「長崎では何があったんですか?」
「こっちと同じ。でっかい災厄魂が出て、現地のスタッフが追ったけど捕まえられなくてって話みたい。詳しくは煌一に訊かないと判らないよ」
「そっか、別居中ですもんね、連絡も取ってなさそう」
「果物ナイフで刺してやろうか?」
「その前に、本題がまだですよ」
「本番がまだ?」
「ひなたさんっ! 闇の攻撃について教えてくれる約束です」
りんごを咥えたままポケッと雷雅を見るひなた、やがておもむろにりんごを齧った。その唇がふっくらしているのに気が付いた雷雅は、なんとなく目を逸らす。
「忘れてなかったんだ?――おまえ、馬鹿なのか、馬鹿じゃないのか、どっちかにしろ」
「また無茶言ってるし」
咀嚼しながらフォークに残ったリンゴを眺めてひなたが言う。
「判んない」
「はい?」
「うーーん、厳密にいうと、どれが来るか判らない」
「えっと……闇の攻撃は多彩?」
「そ、そゆこと。でも、あの時、煌一は『伏せろ』って言った――災厄魂ごと逃走するって予測したんじゃないかな?」
「そうだとしたら、なぜ伏せる?」
「あの大きさの災厄魂が、猛スピードで移動すれば、同時にエネルギーの大量放出もしくは吸収が起きる。その渦に巻き込まれるなってことだと思う」
「判ってるんじゃん」
「やっぱ、馬鹿か? 『思う』ってことは確実にそうだとは言えないってことだ」
「あ……」
「まぁ、実際は『逃走』で正解だったみたいだけど――闇の攻撃ね、文献よると、まずは範囲攻撃として周囲を闇で包み込むってのが書いてある。これは自分の中にすべてを包み込んで、陽も影も存在できなくするってことだ」
「どうやって包み込むの?」
「さぁ?」
残りのリンゴを口に放り込んでひなたが首を傾げる。
「資料がない。少なくとも、わたしが入手できたのものにはなかった」
「それで他には? まずってことは続きがあるよね」
「うん、続いて災厄魂による物理攻撃」
「災厄魂って実体があるんだ? なければ物理攻撃、できないよね?」
「重いって自分で言ったじゃないか。質量があるってことは実体を伴うってことだろうが―― 気の塊、エネルギーの塊って言えば判りやすいか、災厄魂はそんな感じの存在で体当たりをしてくることがある。体当たりされれば大抵の人間は気を失う」
「あ、気を失わせて憑りつく?」
「ただの災厄魂ならね。闇を内包している災厄魂は、たぶん人間に憑りつけない。いや、あるいは憑りつけるのか……」
「どっちなの?」
「だから判んないんだってば」
新しいリンゴのひと切れをフォークに刺してひなたが齧りつく。ん? と雷雅が自分の器に目をやる。
「あああぁ! それ、僕のリンゴ!」
「あれ? 食べるつもりだった? 返そうか?」
「やーです、他人が齧ったのなんて!」
「せっかくのチャンスだぞ?」
「わーーーーっ! そう言うのなしでっ!」
ひなたはニヤリと笑っただけで、それ以上、揶揄ってこなかった。
「一番怖い闇の攻撃は、心理戦だな」
「心理戦?」
「闇は人の心で日々生産されるって言っただろ?」
「あぁ、で、昇華される」
「うん、昇華しきれなかったものが、闇の元になってるってことだよね。闇は人の心に入り込むのが得意だ」
「どうやって入り込むの?」
「判んない」
「またですか?」
「でもさ、ライガ、おまえの記憶の曖昧なところ、消えた十分間、その間、おまえが闇の心理攻撃に晒されていたんじゃないかって、実は心配している」
「えっ?」
「なにか見なかったかって聞いたよね。見ていたとしたら――脳が見たと錯覚させられたってことだけど、一体何を見せたかが気になった。でも、見たか見てないかも覚えてないんじゃライガが言うとおり、どうにもできない」
「僕、何も見てない――重い何かがいるって感じて、そいつが『チッ』って舌打ちしたってだけ」
「そう言えば舌打ちって言ったね――入り込もうとして、入り込めなかった。で、悔し紛れに舌打ちしたってことかな?」
「早合点はいけませんよ」
黙って聞いていたマスターがひなたに言った。
「でもほかに、なにが考えられる?」
「それは、わたくしには判りかねますが―― 可能性としてなら、雷雅さまからなんらかの情報を引き出そうとして失敗したとかはいかがですか?」
「誤情報を送り込むのではなくってこと?」
「はい、闇の心理攻撃は基本的に夢を見させて混乱させるものですが、記憶を揺り起こす夢を見させて情報を得るというのもあったと記憶しております」
「へぇ、そんなこともできるんだ」
「お嬢さまが知らないことをわたくしが知っているというのは久しぶりですね。不謹慎ながら、少々 嬉しゅうございます」
マスターが遠慮がちに微笑んだ。




