119 生か死か
緊張する雷雅をひなたが笑う。
「そんな怖い顔、少年には似合わないよ」
その言い方に龍弥が笑いを噛み殺し、マスターがクスリとする。煌一だけは『ふざけてる場合じゃないぞ』とひなたを嗜める。そんな煌一をひなたは無視した。
「ねぇ、ライガ。言いたいことがあるって言ったけど、報告しなきゃって義務感でそう思ってるんじゃないの?」
「えっ? いや……うん。だってそうでしょ? 相談しないでヤツの処分を決めたんだ。理由とか、ちゃんと説明しなきゃ」
ひなたが雷雅に優しい笑みを見せる。
「少し眠って、たくさん食べたけど、まだまだ疲れは取り切れていないはずだ。何も今じゃなくってもいいんだよ」
「ううん。終わらなくちゃぐっすり眠れない。終わらせたいんだよ、ひなたさん」
雷雅もゆったりとひなたに微笑んだ。
これは僕の我儘だ。できるだけ早く話して終わりにしたい。あ、でも……疲れているのは僕だけじゃない、そう思いついて
「それとも明日のほうがいい? ひなたさん、疲れてるよね」
慌てて言いたせば、ひなたが笑う。
「気にするな。わたしも少し休んだ。それにキミとはね、鍛えかたが違うのだよ」
多分ひなたは強がりを言っている。それでも、ひなたも煌一も龍弥もマスターも、僕の話をすぐにでも聞きたいと思っている。無理したって聞きたいんだ――
「僕が話したいのは二つ、ヤツと二人きりになった時、なにがあったのかと、なぜ能力を取り上げることもしないで帰してしまったのかの二つ――ほかに聞きたいことがあるなら訊いて」
これには煌一が、
「まずは雷雅の話を聞いてからだな」
と答えた。
雷雅が頷いて話し始めた。
「屋内でのことはみんな見ていたから省力するとして、テニスコートでの出来事から話すね――影の障壁の中で、ヤツは大奥さまを手に掛けた時の話をした。当然のことを言う大奥さま、それに腹を立てて殺害したとヤツは言った。それを聞いて僕は冷静さを失ったと思う。ヤツは僕に閃光を投げてきた。僕は光を屈折させて閃光を叩き落した。それで焦ったヤツは障壁を消して逃げ出した……逃げるアイツを見て、僕は一人で大丈夫だと思った。だからタツヤ以外を足止めした」
フッと雷雅が息を吐く。
「一人で大丈夫ってのは僕の思い上がり――ヤツは逃げたんじゃない。障壁の中で『影がいなければ何もできないだろう』ってヤツは言った。今だから判ることだけど、ヤツは逃げたんじゃない。不安になった僕が影を呼び寄せる、そう考えてヤツは障壁を消した。僕以外の誰か、狩人を誘き出そうとしたんだ……なのに僕は狩人の動きを封じた。追ってきたのはタツヤ一人、まだ若い狩人一人だった。まぁ、ヤツの目論見通りにはいかなかったって点は、よかったんだけどね」
まだ若い? と龍弥が不思議そうに呟く。雷雅よりは年上だぞと言いたそうだ。不思議そうな顔をしたのは龍弥だけじゃない。煌一もひなたもマスターも、それがどうしたと顔で言っている。もちろん若いって件じゃない。
「木立に移動して、追ってくるのがタツヤ一人だとヤツは気づいた。それで諦めて、僕をまた障壁で囲んだ。若い他人より、ヤツは僕を選んだんだ」
煌一が絞り出すような溜息を吐いた。自分を殺させる誰かを選んだ、そう気が付いて嘆きが溜息になったのだ――恒星はきっと、雷雅に自分を殺させるのは忍びないと感じていた。だけど、誘き寄せることができたのは雷雅と同じような年齢の狩人だった。諦めて、若い他人より雷雅を選んだ。
「障壁は段々を狭まっていった。光も影も意識も通さない障壁……僕を押し潰して殺す、とヤツは言った。本気だ、僕はそう思った。死ぬかもしれない。こうなったらヤツを殺すしかないのか? その時、風が吹いたんだ」
「風?」
ついひなたが問いかける。
「うん、風が吹いた。光も影も通り抜けて風は吹く。そして思い出した。風の動き、大気の対流で起きる静電気は稲妻、そして僕は落雷を呼べる」
居並ぶ影が息を飲む。
宙を見つめ雷雅が少し黙る。そして、
「だけどさ、雷なんか落としたら、ヤツの命を奪うことになる。迷ったよ。コイツは五人も殺している。そんなヤツ、殺されたって仕方ないんじゃないか? それにその時はヤツが殺されたがっているとは気が付いてなんかいなかった。殺されるかもしれない恐怖と、人を殺してしまうかもしれない恐怖、僕は死にたくないと思った。思ったけれど、迷って迷ってなかなか判断できなかった」
と、ここまで言って目をギュッとつぶる。
「そうさ、こんなヤツ、殺されたって文句言えないはずだ。だけど、それを理由にヤツを殺せば、それって復讐だ。ヤツと同じになっちゃう――ダメだと思った。ではどうする?」
ゆっくりと雷雅が目を開ける。
「雷が地に落ちる瞬間、天と地は繋がっている。それは地から天に向かって稲妻を走らせることもできるという事――木立の中には木漏れ日が煌めいていた。陽と影に溢れていた。日が当たっているところで風を上昇させ、当たっていないところでは下降させ一気に蓄電し、空に向かって放電させた。そうすれば直撃は避けられるはず、大丈夫だと思った」
加減が判らなくって、僕自身も食らったけどね、と雷雅が苦笑する。
「賭けだった。巧くいったから良かったものの、ヤツの命を奪ってしまったかもしれない。もちろん自分もね――そうならなくてよかった。ひょっとして、ひなたさん、ヤツを蘇生した?」
急に振られたひなたが、キョトンとする。
「まさか! いくらわたしが優秀でも、そんな能力があるはずもない。まっ、だいぶダメージ受けてはいたけど、ちゃんと生きてたよ」
「うん、生きてたね。俺が揺り起こそうとしたら、唸ってたし」
横から龍弥も口を挟む。そうか、と安心した雷雅が少しだけ笑んだ。
冷めてしまった紅茶に雷雅が手を伸ばす。つられて四人もそれぞれカップを手にした。飲み干した雷雅がお替りを催促すると、すぐにマスターが立ち上がる。マスターの後ろ姿を雷雅が見送った。
雷雅を見ていたひなたが思い出したように
「トリュフチョコ、まだあるの?」
カウンターに向かって声を張り上げた。
「ございますよ」
答えるマスターの声は、お持ちしましょうね、といつも通り優しい。
熱い紅茶と一緒に運ばれてきたチョコレートは昨日、朱方がいる時に食べたものと同じだ。あぁ、あれは昨日だったんだ――
すべての種明かしを見せられた今、僕は自分の父親のことをどう思っているのだろう? 父親とどうなりたいと思っているのだろう? 初めからいなかったものだと、このまま忘れてしまいたいのか? それとも母親が残したメッセージから感じた願いを体現したいのか? 早紀が指輪に残した映像は流星との思い出だった。それを僕はどう受け止めればいい? 母さんは流星を愛していた。それを僕に伝えたかったのはなぜだ? 僕にどうして欲しいのだろう?
チョコレートには手を出さず、紅茶を少し口に含んだだけで雷雅が話の続きを始めた。
「なぜ、ヤツをそのまま帰したか……」
四人の影が雷雅の声に耳をそばだてた。
だけど、どこから話したらいいんだろう? 何をどんなふうに言えば、判ってもらえるのか?
マスターは妹さんを陽彩に、娘さんを恒星に殺された。煌一さんは祖母、ひなたさんにとっては大姑を殺されている。本当だったら警察に突き出して、罪を償って欲しいはずだ。
罪、そして償い――その正体はなんだろう?
すうっと雷雅が息を吸った。
「風が陽と影を通り抜けるように、時もまた陽と影に影響されない。イヤでも時は流れて過ぎていく――僕は……陽彩さんや彗星さんの話を聞いて、恒星が死にたがっていると考えた。なぜ死にたいのか? ヤツは自分の妻を救いたくて行動を起こした。だから自殺はできなかった。自殺だと陽彩さんが自分のせいだと嘆く」
それだって、自分勝手だ。本当に自分勝手なヤツだ。
「誰かに殺されたのなら、責める相手ができる。だから陽彩さんは自分を責めずにいられる――影の狩人に殺させたかった。それって恒星にとっては一挙両得だ。狩人の命を奪ったことで苦しんでいた陽彩さんが、夫を狩人に殺されることで罪悪感を少しは緩和できると考えた」
実際そうなっていたらどうだろう? ますます陽彩さんは苦しむんじゃないのか? 自分が殺し、自分の夫を殺した狩人、罪悪感と憎悪の狭間で藻掻き続ける。
「想像の域を出ないのだけれど、恒星の総本部襲撃は――事故だったんじゃないだろうか?」




