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神影ひなた の シャドウ・ビジネス  作者: 寄賀あける
第3部 愛と憎しみに導かれて

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116/120

116 償い

 そうだ、僕が言いたかったのはこんなことじゃない。なのになぜだろう、涙が止められない――


「疲れてるんだよ。疲れ過ぎて神経が立ってるんだ。大丈夫、ゆっくり息をして」

耳元で聞こえる龍弥(たつや)の声を、夢の中の出来事のように感じる。


「父親なんかいらない。欲しいと思ったことなんかない。今だってそうだ。その僕に聞かせる言い訳がそれか? 呆れちゃうよ、それに情けない――あんたたちは僕と同じ()で、しかも同じ血が流れてるって? アンタたちが僕の肉親? 可笑(おか)し過ぎで笑えもしない」


雷雅(らいが)――」

流星(ながれ)が腰を浮かし、雷雅に触れようとする。

「触るな!」

そう叫び、流星(ながれ)を制したのは龍弥だった。

「父親だか、その家族だか知らないが、雷雅をアンタらに渡す気はない」


 浮かした腰を元に戻し流星(ながれ)が、

「もちろんそんなつもりはない」

と答える。ドン! と大きな音がしたのは煌一(こういち)がドアを思い切り殴ったからだ。煌一さま……マスターが(なだ)める小さな声が聞こえた。


 重い空気が広がる中、

流星(ながれ)が雷雅に話した内容は、親父に虐げられていたと言う点以外、流星(ながれ)にとっては嘘じゃない。それだって俺にそう言えと言われて従っただけだ。だから、流星(ながれ)を責めないで欲しい」

沈んだ声で彗星(あきら)が言った。穏やかで暖かな響きは消えている。


 そんな彗星(あきら)を龍弥が睨みつける。

「それで? 雷雅が言うように、雷雅か影に、恒星(わたる)を殺させようとしたのか?」

「いや……いや、止めて欲しかった。でもその結果、そうなっても仕方ないとは思っていた」

「最低だな」

吐き捨てるように龍弥が言い、再び煌一がドアを殴る音が部屋に響いた。


「煌一さま、ドアが壊れてしまいそうです」

マスターが煌一を(たしな)めるのとほぼ同時にドアが開けられ、

「ホント、建付けが悪くなったね」

と、言いながらひなたが入ってくる。

「えぇっ?」

室内に気を取られ、近づくひなたに気付かなかったのだろう。マスターが驚いて頓狂な声を上げた。


陽彩(ひいろ)さんは医務室で休んで貰った。影を付けてるから心配ないよ――ふふん、ちょっといない間にぐちゃぐちゃになったみたいね」

部屋の様子にひなたが苦笑する。


 不思議だ。ひなたの声を聞いた途端、新しい涙が溢れてきた――それでも雷雅は顔を上げ、涙を拭った。ひなたの存在はやっぱり大きい。龍弥がくれる勇気とひなたがくれる安心感、これが揃えば僕は(くじ)けず前を向ける……ひなたがもたらした新しい涙は、出した答えに感じた迷いが消えたことによるものだった。


「ひなたさん、遅いよ――こいつら、僕か影にヤツを始末させるつもりだったんだってさ」

「へぇ……そりゃあ随分と図々しい」

「そんなヤツ等の思惑通りになんかなりたくない」

「そりゃそうだな、ライガ」

「だから――このまま帰って貰おうと思う」

「そうか、なら帰って貰おう」

「えっ! ちょっと、それって?」


 いつも通りあっけらかんとしたひなたの答え、驚いて慌てる龍弥、彗星(あきら)流星(ながれ)も呆気に取られて雷雅を見詰める。


「だって、このまま帰したら、また影に何か仕掛けてくるんじゃ?」

心配する龍弥、

「いや、それはない」

きっぱり言い切る雷雅、

能力(ちから)を取り上げるのか?」

ドアの方から煌一が尋ねる。


「いいえ、それもしません。言葉の通り、このまま(・・・・)帰って貰う」

「だが、それでは雷雅、キミの立場が……」

彗星(あきら)が心配そうな顔をする。それを雷雅は無視した。


「マスター、朱方さんたちにタクシーを呼んで貰えますか? 頼めますよね?」

「え、えぇ、そりゃあもちろん」

自分に話が振られるとは思っていなかったのだろう、マスターが慌て、ちょっと呆気にとられたような顔をしたが、思いついたように廊下に出た。タクシー会社に電話するのだろう。


陽彩(ひいろ)さん、すぐに起こして大丈夫ですよね?」

「うん、大丈夫だろう。精神的に参っているけど、運動機能に支障があるようには見えなかった」

ひなたらしい答えが来る。


 龍弥が横たわったままの恒星(わたる)を見ながら、

「コイツは?」

と呟く。

「息子たちが叩き起こして連れて帰るさ」

答えたのはひなただ。


 マスターが、

「タクシーは研修所の正門前に付けてくれます。十分ほどで来るそうです」

と、ドアを開けて言うのを聞くと

「そうと決まったら、さっさとお引き取り願おうか?」

ひなたが流星(ながれ)たちを追い立てる。

陽彩(ひいろ)さんに付けていた影に、正門に案内するよう言った。一階のエレベーターホールで待っている。さっと立ち去れ。ここには二度と来るな」


 彗星(あきら)が、『親父、親父!』と恒星(わたる)を揺り起こし、ううん、と一声唸って恒星(わたる)が目を開ける。だが、意識がはっきりしないようだ。


「帰るぞ、ほら、捉まって――流星(ながれ)、手伝ってくれ」

少し迷ったようだが、流星(ながれ)恒星(わたる)を立たせるのを手伝う。恒星(わたる)朦朧(もうろう)としたまま、二人の息子に支えられて部屋から出て行った。


 三人が部屋を出てから暫くしてひなたが雷雅に言った。

「正門まで見送るか?」

答えない雷雅、龍弥が

「会いたければまた会える」

と呟けば、ひなたが

「それもそうだな」

と笑った。


 治まらないのは煌一だ。

「また会える? なんで会う必要がある?」

横でマスターが『まぁまぁ』と宥めようとするのに気が付かないフリの煌一だ。


「アイツ等、アイツ……」

雷雅に触るなと言った龍弥に、『そんなつもりはない』と言ったんだ。触る気はない? 自分の息子に言う言葉か?――そう言いたかったが、雷雅の気持ちを考えると言えない煌一だった。替わりに『はぁ』息を吐き、さらに舌打ちする。


「今後の対策を練らなくちゃならないな。次はどんな手を仕掛けてくるやら……」

それをひなたがクスリと笑う。

「コーちゃん、雷雅がきっぱり、『それはない』って言ったんだ。もう仕掛けてこないよ」


「それは甘いぞ、ライガ。五十年も執念燃やしてたんだぞ? そう簡単に諦めるもんか」

煌一に雷雅が苦笑する。


「そうだね、絶対ないとは言い切れないね――でも、うん……これ以上の暴走はきっとないよ」

「なんでそう思う?」

訊いたのはひなただ。


「そうだねぇ……」

雷雅がごろりと横になった。


「陽彩さんの話から、ヤツが影を狙った原因は大奥さまじゃないって判ったからかもね」

えっ? と聞き返す煌一、ひなたは『そうだねぇ』と頷く。


 横になった雷雅に龍弥が

「少し眠ってから帰るか?」

と聞くと、

「いいや。ヤツらが帰ったら、僕たちも帰ろう――その前に何か飲もうかな」

と、雷雅が答える。やっと起きているんだろう? そう思ったが言わずにいる龍弥だ。


「判った。なにがいい?」

「甘いコーヒーがいいな、微糖じゃなくって、甘々なのにして――話は帰ってからゆっくりと。あぁ、でもその前に少し眠ってもいい?」

もちろんだよ、とひなたが微笑んだ。


 わたしが参りましょう、とマスターが買いに行った。龍弥は雷雅の傍にいたほうがいいと思ったのかもしれない。マスターが買ってきたのは紙パックに入ったカフェオレで、コーヒーとは名ばかりの甘い乳飲料、でもそれが随分と疲れを取ってくれたような気がする。


 それなのに、雷雅の記憶はそこからは途切れ途切れだ。飲み終わった紙パックを龍弥が受け取ったその途端、急な睡魔に引き込まれた。朦朧(もうろう)とする中、煌一に背負われて、車に運ばれて――車の中では龍弥に(もた)れて眠っていた。龍弥が肩を抱いてくれていた気がする。そして、また夢を見た。


『あなたが生まれた時、晴れているのに産院の建物に雷が落ちたの。あなたの持つ()(から)が、生まれ出たショックで落雷を呼んだ……暁の家にはたまにあることよ。正当な後継者にだけに(あらわ)れるの。だからあなたの名前には『正当な』という意味を持つ『雅』という字を使った――雷雅、忘れないでね。あなたが起こす雷は人を助けるためのもの。人を助けるため(もたら)された能力(ちから)だという事を』


 母さん……


『雷はね、地面に落ちた瞬間、天と地を繋げている。地から天に向かうこともできるという事よ』


 母さん……僕、記憶と記録がごっちゃになってる。

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