115 父と子を つなぐもの
流星が浮かした腰を落ちつける間、彗星は恒星の顔を眺めていたが、軽く溜息を吐くと顔をあげた。
「俺の覚醒は高校生のころには始まっていた――雷雅と同じだね」
影と遭遇したわけでもないし、父に強要されたわけでもない。ヘンな夢を頻繁に見るようになった、最初はただの夢だと思った――
「でもね、父がそれに気が付いてしまった。最近、変わったことはないか? と訊かれて『あぁ、単なる夢じゃなかったんだ』って、自分でも気が付いた。俺は陽の一族だ、そして父もそうだ。そう判ってしまったんだ」
彗星の声は穏やかで暖かい。焔の激しさや滾りよりも、陽が見せる慈愛に近い、そう雷雅は感じていた。
「陽である運命は変えられない。だが、陽としてどう生きるかは自分次第だ……父は俺にそう言うと、さらに『運命に逆らう生き方をしてみないか』と言った」
影は災厄魂を狩り、人の世の平和を維持させる役目を持つ。そして、世を照らし、影を成立させるのが陽の役目。それなのに、なぜ陽は存在を隠さなくてはならなくなった?
「そもそも災厄魂を生み出すのは誰だ? 父は俺にそう問いかけた。穢れを生み出すのは人に他ならない。ならばその穢れから生み出された禍を人は受け止める責任があるのではないか。なぜ陽と影だけが後始末を引き受けなければならない?」
フッと彗星が笑む。
「陽として目覚めた者ならとっくに答えが出ていることだ。そう答える俺に父は、納得できない、納得しちゃいけないと言い、陽の支配、影の支配から一緒に抜け出そう、だから協力して欲しい、助けて欲しいと言った。父に、何かを頼まれたのは初めてだった――怒鳴り声なんか聞いたことがなかったし、そもそも怒らない。いつでも穏やかに見守ってくれている、そんな父だったんだ。それが戦おうと言う。よっぽどのことだと、俺が思ったって仕方ないじゃないか」
とっくに出ている答え――心に潜む混沌から人を救う力を神に求めた生身の人間が陽であり、その陽が生み出したのが影、陽と影の存在意義は人の世の平和を守ることにある。それを言っている。その認識は、やはり陽である雷雅にも共通して存在するものだ。そしてなんの疑問も不審も持たず、雷雅は受け入れた。彗星もそうだという事だ。きっと恒星もそうだった。なのに心を変えた。そういう事なのだろう。そう思うのにどこか違和感がある。この違和感はどこからくる?
「父の初めての頼みごと、わけが判らなかったけど、協力するしかないと思った。俺はね、父親を信頼していたし、尊敬もしていた。好きだったんだよ、父親がね。子どもなら、そんなもんだろう?」
彗星の口調は淡々と、話し始めから変わらない。今日に至るまでの苦悩や怒りや苦しみをすべて捨ててしまったかのようだ。だが、諦めは感じない。
「流星の覚醒に立ち会った時、自分は体験しなかった痛みを流星に見た。だからかもしれない、弟は守ってやらなきゃいけないと思った。陽にとって、陽や影と敵対するのは自身を切り裂くようなものだ。陽と影は表裏一体、自身の背を攻撃する痛みを避ける術は存在しない――親父の計画に協力するのは俺だけでいい。流星の大学卒業を待って、俺は流星を父から隠した。父は……流星を探さなかった。おまえが手を貸したのかと、俺に訊いただけだった」
雷雅の隣で流星が身を固くしたのを感じる。最初から探されもしなかった。でもそれが本当なら、やっぱり矛盾が生じる。陽彩は恒星は流星のことも愛していたと言った。その流星がいなくなったのになぜ探さない? それには彗星が答えをくれた。
「親父は流星を可愛がっていた。俺より可愛く思っていたかもしれない。そんな流星を心配しないはずはないのになぜ探さないのか……理由は聞いてないが、父にも迷いがあるんじゃないか。早紀一家が身を隠した時も、すぐには探そうとしなかった。父が早紀さんたちを探したのは、早紀さんたちが何か困っているのじゃないかと思い、助けたいと思ったからだ」
これには流星が弾かれるように彗星を見た。さすがに表情を動かした彗星が気まずげに、
「ごめん、おまえに嘘を吐いてる。特に早紀一家のことは嘘が多い。早紀たちにもおまえにも、親父は無理強いする気なんかまったくなかった。でも、そう言わなければ、おまえも早紀を身を隠さない。いや、隠れる必要もなかった……俺は親父から、おまえや早紀さんたちを引き離したかったんだ」
と流星を見て目を伏せた。
「おまえ、俺が頼まれたのと同じ話を親父に聞かされたら、俺がそうだったように手伝うって言いだしただろ? そうなれば早紀だって自ら進んで巻き込まれると思った。それを防ぎたかったんだよ……陽が影を裏切る――誰にも言えない、しかも罰して貰えない罪を背負う。そんなこと、二人にさせたくなかった」
彗星が視線を恒星に向ける。
「親父が焔になることにしたのは、陽でなくなるためだと思う。陽ではない焔になれば、影と敵対することで生じる痛みや罪悪感が少しは薄れると思ったんだ。実際は、そうでもなかった。むしろ逆か……陽でもなく影でもない、そして陽で影で、どちらの痛みも感じるようになった――うん、流星がこんな存在にならなくて良かった。親父に助けてくれと言われてから今日まで、これだけは何の後悔もなく言える」
そう言いながら顔を上げ、彗星が今度は流星に視線を向けた。彗星の様子を観察していた雷雅が顔を背ける。そして言った。
「つまり、陽彩さんに言わせれば、恒星さんは優しい人、彗星さんにとっては尊敬する大好きな父親」
雷雅が流星に顔を向ける。
「陽彩さんからも彗星さんからも恒星さんが、流星さんを虐げているような感じは読みとれない。これ、流星さん、僕を騙そうとしたという事ですか?」
「いや、それは違う!」
流星が答える前に彗星が叫ぶように断言した。
「流星は俺の指示に従っただけだ。雷雅には父をできる限り悪く言え、と。そうじゃなきゃ――」
「そうじゃなきゃ、僕が恒星さんを殺すのを躊躇うから?」
彗星の言葉を遮る雷雅、雷雅の言葉に驚く流星――
「自分たちじゃ殺せない。だから僕か、影の誰かに殺して欲しかった、そうなんでしょう?」
「いや……」
言い淀む彗星を蒼褪めた流星が見詰める。
彗星が雷雅を見詰めて訴える。
「父は苦しんでいた。早紀の両親が運転を誤って事故死したのも自分のせいだと考えていた――ごめん、あれは本当に事故なんだ。でも、親父が追い詰めたから事故を起こしたと親父は思ったんだよ。でも、だからこそ後に引けなくなった。俺はそんな親父をなんとか止めたかったんだ」
「へぇ、それで?」
声を荒げたのは雷雅だ。
「アンタたちが仲良し家族ごっこしている裏で、関係のない人をどれだけ苦しめたか判ってるのか? アンタたちは自分勝手だ。自分勝手に被害者ヅラして、理屈を捏ねまわして、仕方なかったんだって自分に言い訳してる!」
「ライ!」
立ちっぱなしだった龍弥が慌てて雷雅の横に膝立ちになり、雷雅の肩に腕を回して抱き寄せた。
「何が優しい父親だよ? 父親を尊敬してる、だよ? 子どもなら父親が好きでしょう? ふざけるな!」
「ライ、落ち着いて」
「優しい夫、尊敬できる父親、それを母さんと僕から取り上げたのはアンタたちじゃないかっ!」
「ライ……言いたいのはそんな事じゃないだろう?」
激昂し、涙をポロポロ流し始めた雷雅の耳元で、龍弥がそっと囁いた。




