表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神影ひなた の シャドウ・ビジネス  作者: 寄賀あける
第3部 愛と憎しみに導かれて

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

114/120

114 優しい男

 答えられないのか、答えたくないのか、答えるのが怖いのか、それとも単に判らないのか……どれが理由か不明だが、誰もこの問いには答えないだろう。そう思いながら、目を閉じて横たわる男の顔をまじまじと見つめた。


 髪は白いもののほうが多く、浅黒く硬そうな皮膚にはところどころシミが浮き、(しわ)も目立つ。穏やかなとは言い難い寝顔は、恒星(わたる)の心そのもののようだ。


「どんな人なんですか?」

雷雅が静かに尋ねた。


陽彩(ひいろ)さん、出会った頃、この人はどんな人でしたか? 結婚した時は? 子どもが生まれた時は?」

訊かれるなどと思っていなかったのだろう。陽彩が雷雅に、えっ? と驚いて視線を向ける。


彗星(あきら)さん、流星(ながれ)さん……この人はどんな父親でしたか? 可愛がってくれましたか? どんな叱り方をしましたか? どんなことを教えてくれましたか?」

彗星(あきら)流星(ながれ)も、戸惑いの表情で雷雅を見ている。


「そして――どんな時に笑いましたか?」

その間も雷雅は恒星(わたる)から視線を外さない。


「あ……朱方(あけかた)は、優しい人です」

最初に口を開いたのは陽彩(ひいろ)だった。


「出会ったのはわたしが働いていたレストラン、朱方は毎日のようにランチタイムに来るお客で、食事を済ますとさっさと出て行く――都心のビジネス街、他のお客もみんな、そんな感じでした。お客は誰もが忙しく、注文を取りに行っても、お料理をお出ししても、わたしに目をくれる人なんかいませんでした。食べているときも新聞や雑誌、ビジネス誌と言うんでしょうか? そんな物から目を離さず、わたしから見れば別の世界に生きている人……この人たちから見たら、わたしは自動販売機と変わらない存在なんだ、そう感じていました。道端に立つ信号機や、駅の券売機、用のある時だけ見て、それが終われば忘れてしまう。そんな存在なんだと感じていました。だから――」


 だから――陽彩が雷雅から目を逸らし、恒星(わたる)に視線を向けた。

「だから畳んだメモを渡された時はクレームかと思いました。注文の時、手渡されたメモには『食事に行かないか?』と書かれていて――揶揄(からか)われた、無視しよう、そう思ったのに朱方(あけかた)は、注文された料理を運んだわたしに、またメモを渡してきました。時間と場所が書かれ、待っているとありました。来るまで待っている、と。行かないと思ったのに、結局わたしは会いに行きました。いえ、違う、本当に来ているのか、確かめたかっただけ。物陰に隠れて様子を窺うと、指定された時間から二時間以上も経っているのに朱方はいて、寂しそうな顔で空を見上げていました。あとで聞いたら、星が見えない、そう思って見ていたのだと笑いました……」


 当時を思い出しているのか、それとも別の思いからか、陽彩(ひいろ)が黙り込む。そして続けた。

「そのまま帰るつもりだったのに、気が付いたら朱方の前に立っていました。パッと明るい表情に変わり、嬉しそうな顔で『来てくれたんだね』と言いました。あの嬉しそうな顔は今でも思い起こすことがあります。別の世界に住む人だ思っていたのは、心のどこかで朱方に憧れていたからかもしれません」

この人、今ではこんなおジイちゃんだけど、あの頃はね、結構イケメンだったのよ、うっすらと笑う。


「ずっとこの人は優しかった。わたしが影だと打ち明けた時も、優しく抱き締めて怖がらなくていいと言ってくれた。彗星(あきら)が生まれて初めての子育てに不安な時も、僕を頼りにしなさい、大丈夫だよ、と笑顔を見せてくれた――流星(ながれ)のことだって、あんなこと言ったけど実際は違う。なんであんなことを言ったのか判らない……流産するかもしれないと医者に言われてこの人は、なんとか助けて欲しいと必死に頼み込んだのよ。低出生体重児で保育器に入れられた流星(ながれ)を心配して、毎日のように産院に来てくれた。自分を責めるわたしに、おまえのせいじゃないと言い、ちゃんと産んでくれたじゃないか、おまえが頑張ったから生まれたんだよ、と言ってくれた」


 陽彩(ひいろ)の瞳から涙が零れ落ちた。

「ナガレって名前はこの人が決めたけれど、それだってあんな理由じゃないし、役所に届けを出したのもこの人――空に軌道を残す流星のように、輝く人生の軌道をって、そう願って付けた名前。それなのに、なんであんなことを言ったのか」

彗星(あきら)陽彩(ひいろ)にハンカチを手渡し、陽彩が涙を拭う。


狩人(かりびと)の邪魔をしたのはわたしなんです。わたしの意思でしたことなんです。影に対する恨みめいたことを言うわたしに、()に変えてあげるから、影に恨みを晴らすといい……この人、そう言ったんです。影を捨て()になり、結婚して欲しい、そう言ったんです――本心で影を恨んでいたわけじゃなかったけれど、形ばかりでも影に報復しなければ、わたしはこの人に見捨てられるんじゃないか。そんなことをわたしは考えていました。そんなわたしにこの人は、『そうしたいなら止めない。でもね、無理をしてはいけない』と言いました。自分を追い詰めているようで心配だよと言ったこともありました。だけど、わたし、やめられなかったんです――この人は時どき、とてつもない孤独に苛まれている時がある。わたしでは埋められない孤独、それがなんなのか判らないまま、その孤独にこの人を取られる不安に、いつもわたしは怯えていました。それがわたしを狩人(かりびと)への妨害行為に駆り立てました。こうしていればこの人はわたしを見捨てない、そう思ったんです」


 さやかさんが原因だと思っていたのは違うようだ、と雷雅が思う。だいたい、()(いろ)から聞く恒星(わたる)の印象と、流星(ながれ)から聞く恒星(わたる)の印象、さらに恒星(わたる)自身から受けた印象、この三つがどうも合致しない。陽彩(ひいろ)の話が終わったら、彗星(あきら)から話を聞こう。そこにはきっと、また別の恒星(わたる)がいる。そう感じた。


「あの時も、わたしが誤って狩人(かりうど)の女性の命を奪ってしまったあの時も、この人はおまえのせいじゃない、と犯した罪の深さに(おのの)き泣きじゃくるわたしを抱き締めてくれました。忘れなさい、と言い、大丈夫だ、と言いました。僕に任せてと、この時も言いました。それからも、それまでと変わらず、むしろますますこの人はわたしに優しく、気にかけてくれるようになり、後ろめたさがわたしに恐ろしい出来事を忘れたふり(・・・・・)をさせました。この人のために、忘れなくてはいけないと思ったのです。けれど心はわたしを逃がしてはくれません。夢を見ては(うな)されるわたしを揺り起こすこの人の顔はいつも悲しげで、わたしが決して忘れていないことを知っていました――そしてこの人は少しずつ変わっていったのです」


 陽彩(ひいろ)がグッと嗚咽を堪えた。

「影に無関心に見えたこの人が、熱心に影の現状を調べ始めたのです。こんなことになったのも、影がいけないのだと言いました。息子たちの覚醒を待って影を、影の能力(ちから)を僕たちで封じてしまおう。()が四人もいればなんとかなる――そんなの無謀だと言うわたしに、いつものようにこの人は『大丈夫、僕に任せていればいいんだ』と微笑むだけで、聞く耳を持ってはくれませんでした」


 とうとう泣きじゃくり始めた陽彩(ひいろ)の背を彗星(あきら)が撫でて慰める。その目が『まだ聞きたいですか?』と雷雅に問いかけている。


 妻に対してはどこまでも優しい夫、それは判った。それに、さやかが原因ではないとしたら別の原因がある。その原因も判ってきたような気がする。これ以上、()(いろ)に聞いても『優しい』以外が出てくるだろうか?


彗星(あきら)さんは、恒星(わたる)さんをどう見ていますか?」

陽彩を開放し、今度は彗星(あきら)に話を聞こう、そう雷雅は決めた。


「それは――」

彗星(あきら)が雷雅を見て戸惑う。入り口付近にいたひなたがそっと近づいて、

「お疲れでしょう? あちらで少し、休みませんか?」

と、陽彩(ひいろ)に声をかける。見あげる彗星(あきら)、頷くひなた、そんな二人を見ることもなく、よろよろと立ち上がった陽彩(ひいろ)がひなたに付き添われ部屋を出て行く。


 それを見送って彗星(あきら)が苦笑する。

「どうしても、俺の話が聞きたいようだね」


陽彩(ひいろ)さんの知らない話や、聞かせたくない話もこれで出来ますね? 陽彩(ひいろ)さんとはまた違ったお話を聞かせていただける――違いますか、彗星(あきら)さん?」

雷雅の言葉に流星(ながれ)が腰を浮かす。


「では、わたしも――」

「いや、ナガレ、おまえにも聞いて欲しい」

彗星(あきら)流星(ながれ)を引き留めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ