113 癒しを求めて
ゆっくり一つ深呼吸して、雷雅が会場を見渡す。
全部で六十人ちょっとか? 本体がいるのは十二人ほど、あとは影でどこを見ているかなんて判らない。だけどこちらに注目しているのをイヤというほど感じる。
「ひなたさんが仰る通り、僕は陽の一族です」
そう言ってみて、自分が思っている以上に消耗していることを実感する。声を出すって結構、体力を使うものなんだ――
「ひなたさんと知り合うまで自分が陽だなんて知らなかったし、そもそも陽だの影だの、まったく知らなくて、この人、頭が奇怪しいんじゃないかって思いました」
ひなたが何か言うかもと、チラリとひなたを見るが無反応だ。姿勢を正して真っ直ぐ議場内を見ている。
「でも、それからの現実は、影の一族や災厄魂の存在を否定できるものではなく、そして僕自身、自分が陽だと、少しずつでしたが自覚せざるを得ませんでした」
少し違うかな、と思う。自覚と言うか、そうだった、と言うか、不思議なほどすんなり移行していて、まるで生まれた時からそうだったような感覚、でも巧く説明できない。だから、自覚と表現した、それでいいと思った。
「焔と言えど、元は陽だった男が、今回、影の皆さんに多大なるご迷惑――いや、迷惑なんてもんじゃない、被害? えっと……」
雷雅を支える龍弥の腕に力が籠る。耳元で『ゆっくりでいい、落ち着け』と囁いてくれる。
「焔は陽より生まれたる者――その焔がトンでもないことをしました。陽の一族本流、暁の名を継ぐ者として影の皆さんに心より謝罪します」
深々と雷雅が頭を下げる。フンと鼻を鳴らす音がいくつか聞こえた。
ゆっくりと頭を上げた雷雅が再び会場を見渡す。そして一度目を閉じ、そして見開いた。
「ひなたさんが言った通り、あの男の処分は僕に任せて欲しい――謝罪したばかりで何を言うかと思うかもしれない。でもそうして欲しい」
予測通り、聴衆に動揺が走る。煌一もひなたも、それを鎮めようとしない。二人の当主も困惑して雷雅を見続けるだけだ。
「僕は!」
そんな中で雷雅が声を張り上げる。
「僕は命じることもできる、でもそうしたくない。どうか、判ってください!」
フラついた雷雅を龍弥が支える――見ていた影たちに、また違う動揺が広がった。
だんだんと静かになる会場で照晃が立ち上がる。
「判った、炎影は陽に従う。影は陽を守り、陽に従う――おまえたち、静かにしないか!」
一喝されて場が鎮まる。
「だが、陽の一族総本家の当主よ。あの焔の処分をどう考えているのかを聞かせて欲しい――それぐらいは知っておきたい。影にだって情がないわけじゃない」
照晃は父親の命を奪われている。それを言っているのだと思った。もっともだと思った。言い終えた照晃が席に着く。
頷いた雷雅が、
「月影さんも同意と思っていいのでしょうか?」
と、静流を見る。当主は輝流だが、意見を言うのはいつも静流だ。
静流が雷雅を見もせずに答える。
「影は陽に逆らわない――面倒だから命じてくれていいのに」
後半は愚痴だろう。雷雅は影が納得する理由を用意している、そう感じている。だから納得するしかない。でも、意地がそれを拒んでいる。命じてくれればその意地もひっこめるしかなくなるのに……静流としてはそんなところなんだろう。
話を再開させる前にひなたを見ると、ひなたも雷雅を見て頷いた。うん、これでいいんだ。雷雅が自分に納得する。
「男は影への復讐を望んだ。だがその本質を、僕は能力への憎しみだと考えています。できれば男にそれを自覚させたい。でもたぶん無理――無理な場合、男の能力を無効化しようと思います」
そんなことができるのか? 囁きがちらほら聞こえる。
「僕にはできます、そしてこれは陽である僕がしなくてはならないことだ。僕が陽の本流ということもあるけど、男が自覚する復讐の対象が影だってのが最大の理由です……憎しみの対象である影が報復すれば憎しみを煽るだけだ。だから、僕がしなくちゃならない。それにもし、影が男に報復するとなったら、男を殺すしかないのでは? 僕は――僕は影にそんなことして欲しくない。影が狩るのは災厄魂だけでいい。僕はそう願う。影たちに、自身を穢すようなことをして欲しくない!」
はっと雷雅が黙る。話しているうちに興奮してしまったのが自分でも判る。最後は叫び声みたいになった。
慌てて龍弥を見ると、龍弥はずっと雷雅を見ていたようだ。すぐに目が合い、龍弥が瞳だけで微笑んでいるのが判る。大丈夫だよ、それでいいんだ、そう言われた気がした。
ひなたが立ち上がる。
「異論のある影は? あるなら今だ。あとからの申し立ては聞かない」
グッと照晃が言葉に詰まり、静流はすっと立ち上がった。
「さっきも言った、影は陽に逆らわない。その少年と神影に任せる――総本部長選の日程が決まったら連絡してくれ。今日はもう無理だろう?」
そしてクスリと笑う。
「その子、もうヘトヘトじゃんか。さっさと休ませてやりなよ」
じゃあね、ひなた、軽く手を振り出口に向かう。輝流も立ち上がり、議長席に向かって一礼すると息子の後を追った。月影はゾロゾロと退場していく。
龍弥がゆっくりと雷雅を座らせている間に照晃率いる炎影も退場を始めた。だが照晃は、出て行けと流派の影に命じた後も座ったままだ。
月影が誰もいなくなり、炎影も照晃一人となった時、照晃が呟いた。
「神影は――内部で揉めそうだ。真輝さまの了承をとったんだろうか?」
独り言を装った照晃、それに煌一が独り言で答える。
「幾つになっても母親の存在は重いんだな。親父、しょげて元気がない――今なら何でも言うこと聞かせられそうだ」
フッと笑って照晃が立ち上がる。ドラ息子め、口の中でそう言って部屋を出て行った。
少し休もうとひなたが言い、龍弥が飲み物を買いに走る。今度はココアだった。
「あったかいのは流石になかった」
「いや、冷たいほうがいい――うん、あっまい、美味しい」
うっすら笑う雷雅を見てひなたが申し訳なさそうに言う。
「能力を使って雷雅を回復させたいところなんだが――今日はわたしも能力を使い過ぎている。限界なんだ。すまない」
きっと恒星に目一杯、能力を使ったんだ。ひょっとしたら蘇生させたのかもしれない。雷雅に殺人を犯させないために――
「やっぱりひなたさん、ヒーラーなんですね」
雷雅の質問に、あいまいに笑むひなただった。
窓の真新しいガラスを通して、太陽が傾き始めているのが判る。時刻は十七時を回ったところ――
「そう言えば、龍弥が言っていたけれど、稲妻を落としたって?」
ふと、思い出したのだろう、ひなたが尋ねた。
「落とした、って言えるのかな?」
答えながら雷雅が立ち上がる。
「その話、あとでもいいでしょう? 早く終わらせて陽だまりに帰ろう」
三階へはエレベーターを使った。部屋に入ると恒星は布団に寝かされて、未だ意識不明の状態だった。
「やぁ――」
雷雅を見て、彗星が複雑な顔をした。なんと声をかけていいか、判らなかったのだろう。陽彩はじっと雷雅を見詰めた。やっとのことで涙をこらえている、雷雅にはそう見えた。流星はチラリと雷雅を見たが無言、すぐに視線を恒星に戻した。
畳敷きの部屋に靴を脱いで上がり、寝かされている恒星の枕元に近寄る。向こうに彗星と陽彩、こちら側に流星、マスターは入り口付近に正座していた。煌一とひなたもマスターと並んで座り、龍弥だけが雷雅について、部屋の中に進む。
流星の隣に雷雅も座る。龍弥はすぐそばに立ったままでいる。
「改心させられると思いますか?」
雷雅の問いに誰も答えなかった。




