112 復讐への報復
ここでひなたが考え込み、目を閉じる。聴衆が先を求めてひなたに注目する中、意を決したように顔を上げた。
「今日のことを詳しくお話しする前に、先日の総本部襲撃についてお話しします」
総本部襲撃――今日の出来事よりも影たちの反感は強い。いいや、反感では済まされない。五人もの命が奪われたのだ。これをひなたはどう裁くつもりだ?
「あの襲撃も、この焔の男の仕業――」
場が凍り付くのを感じる。ここまでの話で予測はしていたが、やはりそうか――そんな顔がちらほら見える。
「総本部に入れたのは、かつて男の恋人だった影です。陽として影に協力したい、そんな男の言葉に騙されてしまいました」
「なるほど、それで神影の大奥さまに引き合わせた、そういう事ですね?」
この発言は静流だった。戸惑いはしたがひなたが頷く。
「はい、その通りです……しかし、その影が誰か、それを追求するのはご容赦ください。神影であることは間違いありません。責任を追及するなら神影に、でもあとにしてください。それと発言はご遠慮ください。話を進めます」
静流は何を思って今の発言をしたのだろう? 質問は止められているのにわざわざ訊いたのはなぜだ? 疑問に思う雷雅だが、静流に訊くわけにもいかない。
「そして今日、男は再び影と接触するためにここに来ました――焔の一面、陽としての権限で影を自分に従属させ、支配するのが目的です」
これには大きく動揺が起き、場がざわつく。ひなたは鎮めるのをそれぞれの流派の当主に任せ、その様子を見ていた。そんなことをさせるものか、という声が多い。
静かになるのを待ってひなたが続ける。
「影を従属させるのは、焔 が持つ陽の権限の一つ。ただ、陽と違い、絶対ではありません。今、『そんなことはさせない』という声が聞こえました。神影流も、わたくし個人も、同じ思いです。そんなことはさせない」
ひなたの隣で煌一が頷く。
「男も自分の能力の限界を知っていました。だからもし、影が従わなければ影を一掃する、そう決めていました」
またも騒ぎが起き、二人の当主がそれぞれの流派を静かにさせる。そしてまた、ひなたは鎮まるのを待った。
「闇は人の心の中で日常的に生み出される。その多くが昇華されるものの、そうはならず災厄魂に変わることもある。災厄魂が存在する限り、影の一族は、影の狩人は存続されなければならないものです――男の企てを成功させてはならない」
これはあちらこちらで頷くのが見える。
「男の計画を知ったのは、先ほどもお話しした通り昨日のことです。本来ならば本会議にて話し合いを行い、影の一族一丸となって対策を練る案件です。が、その猶予はありませんでした。この辺りの事情をお察しください」
照晃あたりが不満を見せそうだったが腕を組んで考え込んでいるだけだ。静流も表情を変えずひなたを見ていた。
「会場に男を入れないことも考えました。でも、それでは男は影を恨み続け、次の機会を待つでしょう。それよりも計画を知った今こそ決着をつける好機、そう判断いたしました。男を入場させ、恨みの根底にあるものを曝け出させる――」
恨みの根底――恒星のコンプレックス……雷雅がチラリとひなたを見る。ひなたはそれが判っていたのか?
「炎影・月影に連絡を取ることも可能でしたが、それぞれに男の息のかかった焔が潜入している、その二人はこちらの味方と判っていましたが万が一の裏切りを警戒し、神影だけで準備致しました。陽や焔は影とは違い、使命のためだからと潔く情を捨てられないものです」
炎影・月影たちが気まずげな顔をした。あとで『事前に連絡できたはずだ』と神影を責めようと思っていたのかもしれない。責めれば焔を影として加えていた問題が再燃されると悟って、できなくなった。
「しかし神影と言えど影、焔に強く命じれたら抵抗できるのか? 一抹の不安が残ります。そこで神影の保護下の陽の少年と男の計画を事前に知らせてくれた陽、二人に協力を求めました。陽は焔を上回る。周知の事実です。結果、陽の少年により男は捕らえられ、当建屋三階の寮にて監視されています」
いったんひなたが言葉を切り、場を見渡してから続けた。
「さて、男による被害について……まず、焼失した総本部ですが、もともと神影の持ち物、こちらについて神影は補償を求めません。男を内部に入れたのは神影流の影の一人、個人に責を問わない代わり、神影が背負うと先ほど申しました。本部襲撃により炎影流が受けた被害については後程お話しします」
次に、とさらに続ける。
「本日の被害は、この研修所一階大会議室、ここですね、の窓ガラスの全壊、什器などが多少壊れたものの『怪我人なし』と報告が来ています――火影さん、月影さん、間違いありませんね?」
それぞれの当主が、間違いないと答える。
「では、この建物も神影家の持ち物、神影流で修理・補充をいたします」
再びひなたが黙る。残された問題はなんだ? 雷雅が緊張する。そうか、ヤツをどうするかだ。それが残っている――ひなたが雷雅に視線を向ける。それに雷雅が頷いた。
「さて、残るは男の処遇をどうするか――これは、総本部襲撃の件も含めて陽のお二人にお任せしたいと考えます」
さすがに会場が大騒ぎとなる。雷雅にしても予測していなかった。
「ちょっと待て」
イの一番に発言したのは照晃だった。
「影を五人も殺している。神影だってさやかさまとお付を殺されている。なのにそれでいいのか?」
「殺害方法は陽の能力に因るもの、陽を凝縮させた炎と推測しています。警察に説明できない以上、突き出すわけにいきません」
「月影に人的被害はない。が、看過できない――被害者は影だ。影の手で報復するのが順当と思う」
これは静流だ。照晃が『その通りだ』と加勢する。親父を殺されたんだぞ? これは愚痴だ。
「報復? どんな?」
ひなたの静かな声に静流も照晃も黙る。報復すると息巻いても考えがあるわけではない。具体的に答えろと言われ、自らに問いかけるしかなくなっている。徐々に会場の騒ぎも下火になっていく。不満はあるが、その不満をどうすれば解消できるのか、答えが出ない。
ひなたが雷雅に向き合った。
「陽の少年よ、どう考える?」
雷雅がひなたを見詰める。雷雅もひなたを見詰めた。ヤツをどうしたい? その答えを僕に出させたいんだ。そう思った。
「男と対決し捕らえたのはこの少年、まして陽――我々影は少年に従うべきではないでしょうか?」
またも騒ぎ出した議場に向けてひなたが言い放つ。煌一が『静かに!』と声をあげた。炎影・月影、それぞれの当主は考え込んでしまい、己の流派を鎮めようともしなくなった。
どうしよう? 影は陽に従う、絶対だ。つまり僕が命じれば、決定すれば、影は不満を言えなくなる。でも、そんなことできない。影に不満分子を残さず解決するには命令しちゃダメだ。なら、どうする? 雷雅はゆっくりと立ち上がった。ひなたがぎょっとして雷雅を見る。龍弥はすっと立ち上がり、少しふらついた雷雅を支えた。
「僕の考えをお話しします――皆さん、聞いてください」
雷雅の声に会場が静まり返った。




