111 誰を責める?
大会議室には議長席横のドアから入った。途端に部屋が静まり返った。奥から煌一、ひなた、雷雅、龍弥の順に議長席に着いた。
「先ほどの出来事を説明したいと思います」
進行はひなただった。
「まずは、影の一族以外で入場していたのは全部で五人、この五人について――」
議場内を見渡すと、向かって右に月影流、左に炎影流、もちろんその中に照晃と静流の顔も見える。神影は警護の狩人がいるだけだ。全権を煌一に任せた、という事だろう。
「まず、こちらに座っている――」
ひなたが自分の右手、雷雅をチラリと見て示す。
「この少年。陽の一族の本流、暁の血筋。十六歳ですがすでに覚醒し、能力を示しています」
予測していただろうに、押さえきれない動揺に場がどよめく。それを無視してひなたが続ける。
「五月の中旬、神影により見出され保護下に入っています。そののち、神影の監視下にての覚醒、少々遅れましたが総本部にも報告済みのことです……次に――」
「なんでその少年がここに?」
ひなたの進行を遮ったのは静流だった。
「神影は何を目的として、影の会議に陽の少年を連れてきたんだ?」
静流に向かって頷くひなた、
「疑問を持たれるのもごもっとも……だが、ここは五人の人物についての説明を優先させていただきたい。その上で事情をお話しします。そのあと質問を受け付け、ご意見を伺います」
と、切り捨てる。有無を言わさない物言いに、しぶしぶ静流も黙るしかない。シャドウ・ビジネスの権利者は別格、従うしかないのだろう。
「残り四人、こちらは当建物三階の寮の空室にて待機しています。彼らからは話を聞く必要はないと判断しています。これも異論があれば後に回します」
ざっと見渡してこの時点での発言がないことを確認する。
「さて二人目、まずは月影が入場させた人物について――こちらは月影が影と認定して、月影の一員として入場させています。間違いありませんね?」
「間違いありません」
静流ではなく、月影当主で静流の父・耀流が答える。横で静流が面白くなさそうな顔でソッポを向いた。
「この人物は実は影ではありません。焔です」
炎影に動揺が走る。月影の中にも驚きの表情の者がいるところを見ると、把握していたのは一部なのだろう。
「ご存知のかたもいらっしゃると思いますが、陽の者が禍津火神に願い、誓いを立てて、神の御力により焔となります。そして陽と影、双方の能力を持つようになります」
誰かがこっそり『化け物』と呟いた。むろん無視される。
「すなわち、影である我々は基本的に焔に逆らえません――月影に落ち度はないと考えたいと思います。反対意見は後程に!」
騒ぎが起こりそうな会場にひなたの声が響く。
「次に三人目、こちらは炎影の同行者、やはり炎影が影と認定した焔で間違いありませんね?」
面倒そうに照晃が『あぁ』と答える。
「こちらも月影と同じ理由で火影に落ち度なしとします」
今度は騒ぎが起きそうもない。ここに神影はいない。月影を責めるのは炎影、炎影を責めるのは月影、互いに相手を責めれば自分が責められる。黙るしかない。
「四人目、こちらは神影がお連れした陽のかた、ただ、ここに座る少年と違い、本家へも総本部にも報告していません。しかし、来ていただく必要があると判断しお連れしました。わたくし、神影ひなたの独断です」
煌一が舌打ちしたが発言はなかった。他の流派に発言を遠慮させている。この場でひなたを責めるのは失策、そういう事だろう。きっと、自分一人で被るなとひなたに言いたかった。
「なぜお連れしたのか? それは今日、事件が起こるとの情報を齎してくれたからです」
今度こそ会場にどよめきが沸き起こる。静かに、静かに、と、煌一の声が響く。
「話はまだ終わってない! 真相を知りたいなら黙れ!」
火影・月影双方の当主が自分の流派を静かにさせるのを待って、ひなたが説明を再開した。
「最後の一人、五人目が今日、ここに来るのは判っていました。そしてその目的も四人目から聞いていました――聞いたのは昨日のことです」
何か言いたげな気配は重々するものの、どうせ黙らされると判っている。誰も何も言わない。
「この五人目も焔、炎影・月影がお連れになった二方に焔になることを強要した人物です。夫であり、父親、そんな関係です」
ここで舌打ちしたのは照晃だ。彗星が恒星に命じられて自分に近付いたと察したのだろう。
「この焔は影に対して私怨を持ち、己の家族、そしてここにいる陽の少年の祖父母と母親を巻き込んで、その恨みを果たすことを画策していました――話は五十年ほど時を遡ります」
五十年? どこかで驚く声がした。
「まだ若かった焔、その頃は陽ですが、影の女性と恋に落ちます。けれど陽であり、影であることを理由にその恋は成就しませんでした」
まさかたったそれだけのことで? 呟きが聞こえる。
「若き日の恋、それは心躍らせ、未来を明るく照らすもの――影として生きてこられた皆さんに、それが理解できるでしょうか?」
静流がゆっくりと視線をひなたに向ける。僕には判るとでも言いたげだ。
「陽として覚醒する前に恋を知り、己が陽の運命にあると知った時、同時に恋を失った。陽は我らと違い、通常の社会生活を送っています。十八歳、大人とは言い切れない。かといって子どもではない。陽を受け入れつつも、運命を呪わずにいられなかった……影でなければ理解できることかと愚考します」
影でなければ――自分たち影が、社会から隔絶されていることを認識していないわけではない。影ではない者たちが恋だの愛だのに心奪われることがあると知識では知っている。それ以上に、自分にも実はそんな面があると判っていながら、それを否定し続けて生きてきたのが影だ。
「影の女性に思いを残したままの男は、別の女性と結婚します。が、この女性も影でした。ただ、初恋の相手と違い、さして能力を持たない影、この女性は能力を持たない影の惨めさに苦しんでいました」
いろいろと省略している……ひなたの話を聞きながら雷雅が思う。最初の相手が神影さやかだったこと、妻にした影の女性を最初は弄ぶつもりだったこと、ひなたはできるだけ詳しい話はしたくないんだ――
「男は陽の能力でもって、妻とした影の女性に陽の権限を与えます。陽の能力を使って、妻は自分の存在を影の一族から抹消しました。そして二人には男の子が二人誕生します。もちろん陽の能力を受け継ぐ者――そして時が過ぎ、子の覚醒を待って男は復讐のため、妻と二人の息子ともども焔になろうとします。が、次男はそれを拒んで身を隠します。この陽が四人目、情報を齎した人物です……焔は三人、そして今日、男は復讐を果たすべく、影の会議に乗り込んできたのです」
ひなたが議場を見渡し、
「火影、そして月影に忍び込んでいた男の妻と長男、この二人の焔は男に協力すると見せかけて復讐を否定し、陽であり続けた次男と連絡を取り合って男の計画を阻止することを考えていました。二人の協力がなければ男の企みに気付けず、阻止できなかった可能性が大きい――火影・月影が影ではない焔を影と認定したのを許容したと同様、二人の焔に責はないものと考えます」
月影耀流がこめかみを手で押さえる。通常ならば許されないと思ったのだろう。だが、それを言えば月影流の落ち度を指摘されかねない――




