11 途切れた記憶
それにしても、と、雷雅が言った。
「災厄魂って、裂けるものなんですね」
「えっ?」
驚いたひなたがマジマジと雷雅の顔を見る。
「ライガ、おまえ、災厄魂が裂けそうなのが判ったのか?」
「えぇ……八体の影が八方に引っ張ってましたよね?」
「うん――やっぱりおまえ、陽の一族なんだな」
「はい? 今更なに言ってるんですか?」
「能力を持たないものはせいぜい気配を感じる程度なんだ。でもライガ、おまえには見えた」
「いや、見えたって言うか災厄魂の気配がビリビリって切れていく感じで、その中にどす黒いのがあって、その時はなんだろうって思ったけど、あとで話を聞いて、あれが煌一さんが叫んだ闇だったんだって」
「うん……」
心配になったのか、マスターまでカウンターから出てくる。
「闇の存在を感知したってことだ――マスター、どう思う?」
ひなたがマスターに意見を求めた。
「わたくしの知識などひなたさまと比べれば塵のようなもの。それにしても雷雅さまにはただ驚くばかりでございます」
「なんだよ、マスターまで! 二人だけで判っちゃわないでよ!」
拗ねる雷雅をひなたが笑う。
「つまり、キミは凄いってことだ。いくらわたしが手を握っていたとしても、覚醒していないのに闇を検知した――覚醒後が楽しみだ」
「ほぅ、お嬢さまに手を握られた?」
「マスターまで揶揄わないでっ!」
「なるほど。お嬢さま、揶揄い甲斐がありますね。顔を真っ赤にされています」
だろう? と、ひなたがマスターに笑む。そして急にまた、まじめな顔に戻った。
「狩人でも、闇を検知できるのは一握りなのだよ」
「え?」
「だからあの時、煌一が警告を発した」
「伏せろ?」
「うん――闇は光の中では存在できないと教えただろう?」
災厄魂はもう少しで引き裂けた。裂けていれば闇を包むものがなくなり、闇は狩人たちが放つ光に照らされ消滅する。
「だが、そうやすやすと向こうだってやられる気はない。当然反撃に出る――煌一の警告は闇の反撃を予測してのものだった」
「闇の反撃って?」
ひなたが悪戯そうな目で雷雅を見る。
「その前にライガ、少しおさらいしようじゃないか――おまえがあの駐車場で見たこと感じたこと、それを最初から話してみろ」
「え? 話せって……」
「思った通りでいい、素直なのは雷雅の美点だ。余計だとか、笑われないかとか、思い違いじゃないかとか、そんなことは考えず、全部吐き出してしまえ。さっきトイレでしたようにな」
「ちょっ……せっかく治ったんだから思い出させないでくださいよ」
「そうだな、今のはわたしが悪かった。ま、細かすぎても構わないから、詳しく聞きたいんだ――車を降りたところからでいい」
車を降りたところから……雷雅が記憶の糸を手繰る。
「車を降りた時……そうだ、足元が冷たいって思った。それに少し沈んだ気がした。分厚い絨毯を踏んだような?」
でもあの時はそんなことを気にしている余裕がなかった。思い出そうとして、やっと思い出したことだ。あの時はその場で展開されていることに気を奪われていた。
「でも、それを気にしている暇はなかった。人影と眩しいほどの光、投光器を使って災厄魂を照らしているってすぐ判った。だからそっちに気を取られた」
八人の人影が八台の投光器をそれぞれ災厄魂に向け、その投光器と災厄魂の間に九体の影が立っているのが判った。
「光の中に立つ影は全部で九体、もう一人の本体はここにいないんだと思った。なんとなく、自分の影はどうなっているんだろうと思って見てみると、ひなたさんの影に覆われていて、守られているって安心した」
八体の影には投光器でできた影があった。その影の影は災厄魂に向かって伸びていて、でも災厄魂にあたるとその影は消えていた。
「だから、そこに災厄魂がいるって僕、確信したんだ」
九体の影のうちの一人が振り向いて、僕たちに近寄った。影だから、前も後ろも判らなかったけれど、振り向いたって思った。声で煌一さんだと判った。
「呪文は教えたかってひなたさんに聞いた。ちゃんと覚えられたか凄く心配で。だけど思い出そうとしても思い出せなくて……」
ひなたさんが僕と手を繋いでくれた。手を放すなって言った。手を繋いでいれば僕は安全なんだと思った。そしたら僕は安心して、覚えた呪文を思い出せた。それからずっと、いつ唱えろって言われてもいいように、何度も呪文を心の中で繰り返していた。
「狩人たちが動き始めたら、頭の中で何か言葉が聞こえ始めた――なんだか知っているような気がして思い出そうとしたけど、思い出せない。祝詞に似ていると思った。今思うと凄く不思議なんだけど――」
祝詞のような声は僕が頭の中で唱える呪文とリンクしているって言うか、同調しているって言うか……祝詞みたいな声を聴きながら、僕は頭の中で呪文を唱え続けていた。きっと同じリズムだったんだ。でなきゃ、そんなことできるわけないと思う。
「空気が揺れたのを感じた。狩人が、本体じゃなくて影のほうが、災厄魂を掴んで八方に引っ張っているのが判った。振動が大きくなって、災厄魂は裂かれるんだと思った」
裂け始めたと思ったら、その奥にどす黒い蠢きを感じた。あれはなんだ? と思った時、煌一さんの叫びが聞こえた。
「煌一さんの声のすぐあとに、ドン! って轟音――振動? なにしろ大きな揺れを感じた。落雷かもしれない。僕はひなたさんに押し倒されていて、ひなたさんが僕の上にいて――」
と、急に雷雅の言葉が止まる。
「どうした、ライガ? それから?」
ひなたが話の先を催促する。そのひなたに雷雅がゆっくりと視線を向ける。
「僕、気が付いたんです。思い出したんです」
「ん? なにをだ、ライガ?」
「あの時、僕とひなたさんの上に何かがいました。とても重い何か。一瞬だけど、確かにいました。そしてあれは……」
「あれ?」
「うん、あれは……あれは舌打ちだ!」
「えっ?」
「僕とひなたさんの上に一瞬止まって、そいつは舌打ちした――あれはなんですか?」
ひなたとマスターがまたも顔を見かわして、でも微笑んではいない。二人とも蒼褪めている。
「落ち着けライガ――全部聞いたら話してやる。だからその続きを話せ」
「話の続き? そのあとは、すぐに頭を持ち上げようとしたら目の前にひなたさんの顎が見えて、で、それからひなたさんに起きろと言われて……」
「すぐに?」
ここまで質問しなかったひなたが雷雅に訊いた。
「ライガの言うとおり、わたしはおまえを押し倒し覆い被さっていた。それはどれくらいの時間だった?」
「えっ? 一瞬でしょ? ほんの数秒」
ひなたが雷雅の顔を見つめる。
「実際は十分程だ」
「えっ?」
「うん、落雷のような音、それはきっと煌一が災厄魂を裂くのを諦め、捕らえようと光の檻を出現させて起こった振動だ」
おまえが巻き込まれないよう、わたしはおまえを押し倒し覆い被さった。おまえの記憶の通りだ。煌一は闇を災厄魂ごと檻に閉じ込めようとしたが、一瞬闇のほうが早かった。
「災厄魂が分裂したんだ。小さな災厄魂が、大きな災厄魂から抜け出したような感じだ。自ら分裂する災厄魂など初めてのことだ」
小さな災厄魂はわたしたちのほうに猛スピードで近寄った、煌一は大きな災厄魂を閉じ込めることより、わたしと雷雅を守るほうを選択した。その隙に大きな災厄魂は煌一が出現させた檻を破壊してしまった。
「わたしとライガを襲うと見せかけた災厄魂はそのままわたしたちを飛び越えて、宙へと姿を隠した。煌一はわたしたちに危険はないと、大きなほうの災厄魂を捕らえることにした」
そいつを仕留めるのに、十分掛かった。中に闇が潜んでいるのだから嫌でも慎重になる。
「でも、そこに闇はいなかった。小さいほうに隠れて逃げてしまったんだ。煌一たちはすぐに小さいほうの痕跡を追った――ライガ、わたしがキミに声をかけたのは煌一たちが立ち去った後だ。キミは……気を失ってなどいなかったはずだ。わたしに重いと苦情を言っていた」
ひなたの話に雷雅も蒼褪める。
「だって、僕……重いなんて言ってない。そんな怖いこと言えない」
少しだけひなたが表情を動かしたが、元に戻る。ひなたを怖いと言った雷雅に突っ込みを入れようか迷ったようだがやめたのだろう。
黙って聞いていたマスターがぽつりと言った。
「ただの闇ではなさそうですね」
「ふむ……」
「人間から切り離されていない闇のように思えます」
「うん。そうだね、闇にしては知恵が回りすぎているね」
「闇って、馬鹿なの?」
雷雅の質問に、ひなたとマスターがクスリと笑う。
「よかったな、ライガ、自分より馬鹿が出てきて――馬鹿というか、知性などないモノなんだ。欲望や本能、そんなもので動いている。だから、小さいほうの災厄魂に潜むなんて普通じゃ考えられない。災厄魂は大きいほうが強い力を持っているからね」
「だから煌一さんは小さいほうを逃がしてでも大きいほうを捕らえようとした?」
「そう、そういう事――気になるのは、ライガの消えた十分間の記憶だな。何かおまえ、見たんじゃないのか?」
「そうだとしても覚えてないんじゃ言いようがありません」
「それもそうだな」
そしてひなたが瞳をクリッとさせた。
「それにしてもライガ、おまえ、投光器って言ったけど、あの光は狩人自ら発した光だ」
えっ? あんな強烈な光を身体から発する? 影なのに?




