109 落雷
フッと恒星が笑った。
「やっぱり雷雅、おまえは影に毒されちまったようだな――さやかも同じようなことを言ったよ。若い頃になら一緒に逃げられもした、とね。いまさら何を言うのかと俺を笑い飛ばしもした。俺の五十年をアイツは笑ったんだ」
メラメラとした光に恒星が包まれ始める。会議場で見せたのと同じ光だ。
「あの時、一緒に行こうと言ったら頷いてくれたかと訊く俺に、あなたは怖がって逃げ出したじゃないのと笑い、『だからわたしも諦めた、あなたに嫌われたと思った』って言った――嘘だ! 俺を捨ててアイツは影の一族として生きたんだ!」
総本部を襲撃した時のさやかとの遣り取りか、と思いながら、雷雅は黙って恒星を見ている。そんな雷雅に怒りの籠った眼を恒星が向ける。
「アイツは言ったよ。あなたはこの五十年、なにをしてきたのかと。家族はいないのか、どんな仕事に就いたのか――俺は! 俺はさやかがどこで何をしていたか知っている。なのにアイツは俺のこと、なんにも知らなかった」
陽は存在を隠す、だからじゃないのか? そう思ったが、言わずに雷雅は黙っていた。吐き出させてしまったほうがいい。
「俺が放った火をアイツについていたメイドが防いだ。その時のさやかの顔、信じられないと驚く顔、俺が自分を攻撃するなんて、予測もしていなかった。いい気味だ……一瞬、であの世に送ってやった。せめてもの情けだ」
違う、今、僅かに言い淀んだ。一瞬で、そう、こいつの能力はきっと一瞬でしか発動できない。閃光、それしかないんじゃないのか?
「なるほど、なんだか判った気がする」
雷雅の急な発言に、ん? と覚醒したように恒星の焦点が雷雅に定まる。さやかを思い出し、自分の思いに酔っていたんだろう。
「アンタ、自分の能力に自信がないんだ。そうだろう?」
「なに!?」
「たしかにパワーはある。でも器用さが大いに欠ける――陽の能力としては閃光を扱えるだけだ。コンプレックスの塊みたいだな、あんた」
「ぐっ……光を操る、それこそが陽の一族の本領。その能力が強いのだ、それ以上はない!」
「本当にそう思っているのかな? 僕に言わせると、あんたのしていることは自信のなさの裏返しにしか見えない」
「生意気な!」
バン! と雷雅の足元が炸裂する。見る間に恒星が蒼褪める。
「な……何をした? 狙いは定めた、おまえは動かなかった。なぜ命中しない?」
「光を扱う能力を使ったまでだ――光は直進しかしない。が、能力を使って屈折させた。アンタが持っていない陽の能力だ。アンタの攻撃はどう足掻いても僕には届かない」
「このクソガキ!」
影の障壁が消えて急に明るくなる。恒星が一目散に逃げだしたのだ。
「ライガ!」
障壁の外で、どうすることもできずに待機していた雷雅の影たちが、雷雅に駆け寄ろうとする。恒星を追う雷雅が叫ぶ。
「来るな! 動くな!」
(ライガ、一人で行くな!)
ひなたの声が意識に響く。が、繋げていた意識を雷雅が切った。同時に、龍弥以外の影からの、意識への呼びかけを遮断した。
「ライガ!」
雷雅の名を呼ぶひなたの声が聞こえた。雷雅と恒星が障壁内にいる間に建物から出てきていたのだろう。だが、雷雅はそれを無視して恒星を追い続ける。
(タツヤ、ついてきて、でも、合図するまで手出しするな)
他の影が動けない自分にヤキモキするのを横目に、龍弥がすぐに駆け出した。
恒星は駐車場に向かって、木立の中に入り込んで行く。もう少しで追いつく、雷雅がそう思った時、再び影の障壁が現れ囲まれた。追って来ていた龍弥の気配も感知できなくなった。龍弥は障壁の外だ。
息を切らした恒星が振り返る。それを見て雷雅が思う。歳は七十過ぎている。息が上がるのも仕方ない。でも、そんな齢になっても恋慕は消えないのか? いや、消えていないのは執着か。そして自己への不信感か。
「なんだ、その顔は? 俺を哀れんでいるのか?」
雷雅を見て恒星が言った。
「哀れか――そうだね、哀れと思うしかないじゃないか。まだ十六の僕でさえ判ることが、アンタ、ちっとも判っていない。判ろうともしない」
ちっと舌打ちをした恒星が、次にはニヤリと笑った。
「油断大敵という言葉を知っているか?」
突然、ひなたの言葉が雷雅の脳裏に蘇る。危険が近づいている――なんだ? 何かが近づいている? どこから?
恒星を見ていた雷雅が周囲を見渡し顔色を変えた。
「やっと気が付いたか、ガキめ――俺を甘く見るからだ」
取り囲んだ影の障壁が徐々に近づいて狭まってくる。この壁は影も本体も意識さえも通さなかった。という事は?――
「どうする? このまま押し潰されてみるか? 骨という骨が音を立てて砕け、内臓が破裂し、頭蓋が拉げ、脳漿が飛び散る――そんな光景はできれば見たくない。まして可愛い孫をそんな目にあわせたくない。今ならまだ助けてやる。俺に従え、雷雅」
「な……アンタだって潰されるのは同じじゃないか!」
「馬鹿め。この障壁は俺が出現させている、俺の思いのままだ」
「うむ……」
どうする、どうする、どうする? このままじゃ、僕はコイツに殺される。コイツはお祖父ちゃんとお祖母ちゃんを殺した。僕を殺すのだって、きっと躊躇なんかしない。利用価値があるから躊躇うだけだ。どう回避する? どう挽回する?
生まれて初めて真剣に死を恐怖する。議場の中での様子から、一人で大丈夫だと思い、陽の能力を使われたら危険だと、影を連れてこなかった。結局、連れてきていても障壁に阻まれて誰も入って来れないが、これってどこかで勝てると驕っていた僕の油断が生んだ結果だ。なぜ、行くなというひなたの声を無視してしまった?
でも今は、後悔している場合じゃない。どうにか切り抜けるんだ、雷雅。おまえにならできる! 自分を奮い立たせるしかない雷雅だ。
影の障壁はじりじりと押し寄せてくる。と、その時、風が吹いた。
(そうか、空気は陽にも影にも影響されない――あれ? 本当に?)
何かが雷雅の中で動く。この記録、いや記憶? これはなんだ?
『ゴロゴロって音がするよ? すっごく大きな音』
『雷が近づいてきているのよ』
『ボク、雷って嫌い、怖いよ』
『雷雅、忘れないで。雷が地面に落ちる瞬間――』
いつか見た夢、そうだ、あれはコイツが竹藪で仕掛けてきて、僕が光を操れると自覚したあの日。帰りの車の中で、うつらうつらした意識が見せた夢。
夢? 違う、母さんの予言だ!
『忘れないで、空気には静電気が溜まる。雷は静電気。地面に落ちる瞬間に――』
考えろ、陽と雷はどう繋がる? なぜ僕の名に『雷』の文字がある? 『地面に落ちる瞬間』の続きはなんだった?
「どうした、雷雅? まだ決断できないか? できれば潰したくなんかないんだがなぁ」
勝利を確信する恒星が余裕の笑みを見せる。雷雅が目を閉じた。
「そうだね――決断するしかない」
ほう、と恒星の顔が明るく変わる。
「やっとその気に――」
ダン!
恒星の目の前に落ちた雷、最後まで言い切れずに恒星は倒れた――




