108 貫けなかった想い
恒星の怒りが燃え上がり、メラメラと恒星自身を取り巻いていく。
雷雅が三歩前に出る。倣うように前に出た龍弥が雷雅に制される。
「タツヤ、元の場所――影だけ前に、煌一さんとマスターも」
雷雅の指令、不服そうな顔をした龍弥、チラリと雷雅を見た煌一、表情を変えないマスター、三人の影が本体から離れ、雷雅に並ぶ。
恒星の影も本体から離れ、本人の横にすーーッと浮き上がるように暗い塊となって身構える。雷雅の横にも三人の影が立った。
雷雅が軽く瞬きすると、サーーーッと光が煌めいて、雷雅の後ろを通り過ぎた。煌一の本体が『光の壁か』と呟く。
続いて雷雅はひなたと意識を開通させた。雷雅の考えはひなたに、ひなたの考えは雷雅に筒抜けになった。
恒星の影がすっと消えた。煌一とマスターの影も同時に消える。
雷雅が窓を見て何か呟く。無影灯に照らされたように、机や椅子など什器の影が消える。電灯の光りだけでなく、窓から差し込む陽光も制御したのだ。また一つ、できることが増えた、そう思う雷雅だ。
これで、他の影に同化し、一瞬にして別の場所に出現するのは防げる。恒星の影によるいきなりの攻撃はなくなった。同時に雷雅の影たちのパフォーマンスも悪くなるが、こちらから攻撃する気はないのだから問題ない。
もちろん、全ての影が消えたわけではない。雷雅の影と、影たちの本体から分離された影は消えていない。意思を持つ影は消えない、雷雅の予測通りだった。全ての影が消えたとしても問題ないとは思っていた。影は消えてもいずれ戻る。シャドウ・ビジネスを説明してくれた時、ひなたがそう言っていた。
雷雅の前、二メートルに満たない場所で恒星の影が煌一とマスターの影によって押さえつけられた。物の影を雷雅に消され、潜み場所をなくして影が現れてしまったのだ。雷雅の影は雷雅の意思でぐるりと後ろに回っている。恒星の本体が舌打ちをし、自分の影を押さえつける二人の影に閃光を放った。
パッと跳躍する影二つ、置き去りにされた恒星の影は腹部にぽっかりと空洞ができた。微かな呻きを上げたが、恒星本体は少し腹を押さえただけだ。強がりがいつまで持つか? 雷雅が恒星を真直ぐに見る。
恒星は完全に包囲されている。援軍もいない。勝てる見込みなんかこれっぽちもない。だが、負けを認める気だって、これっぽちもない。あの顔はそういう顔だ。ならば、僕はどうする? 恒星が自分の愚かさに気が付かなければ、対戦には勝てても僕の負けだ。
(ライガ! 恒星の影はすぐに回復する。油断するな!)
ひなたの警告が意識に響く。目の端にゆらゆらと、恒星の影がこちらを窺っているのが映る。その影の隙を、煌一とマスターの影が探してる。揉めれば雷雅に影響が出そうな距離だ。
「動くな」
雷雅の重い声、恒星の影が雷雅に伸ばそうとした腕を止める。
「動くな――」
雷雅が重ねた。とうとう恒星の影が微動だにしなくなる。
「くっ!」
表情を歪めた恒星、自分の影さえ雷雅の命令に逆らえなかった。さすがに打つ手なしか?
(窓に気を付けろ。嫌な予感がする)
ひなたの警告が飛び込んでくる。
(ライガ、危険が近づいている。内容までは読み込めない。気を付けるんだ)
「窓! 窓が割れる!」
叫び声は朱方だ。予知か? 途端にピシッ! と音が聞こえた。
ザッザッザッという音はカーテンが引かれた音だ。影が瞬時に動きカーテンを閉めた。部屋の内側に向かって飛び散ったガラス片がカーテンにブチあたり、バラバラと床に落とされ、さらにガチャガチャ割れていく。
「逃がすかっ!」
「追うな、ライガ!」
恒星が、窓から外に飛び出した。後を追う雷雅、止めるひなたの叫び、神影の狩人三人の影と本体がそれぞれ雷雅を追う。
建物から出て、植栽を超える。何もない広場はきっと、元はテニスコートに使われていた。ネットポストを立てる穴を埋め込んだような跡がある。二面分だ。
その広場の中ほどで恒星が振り返る。異変を感じて雷雅の足が止まる。
「なんだ?」
急激にあたりが暗くなる。違う、影の壁に囲まれた!
「どうだ、雷雅、影の従者がいなければ、おまえ、ただのガキだ」
グッと言葉に詰まる雷雅、影の障壁はどうやら、狩人たちの影も本体も、意識さえも通さないようだ。ひなたさえ呼びかけに応じない。
「これで影に邪魔されずに済む。ゆっくり話そうじゃないか」
恒星がゆったりと雷雅に向き直り、微笑みかける。足元を見ると影が戻っている。
陽と影、両方の能力が使える恒星と遣り合うには、影の狩人たちと分断されて陽の能力しか使えない雷雅は不利か?
「雷雅、落ち着いてよく考えろ。影なんかに肩入れしてどうする? さっきも言ったが、俺はおまえの祖父だ。悪いようにはしない」
恒星の言葉を雷雅はフンと鼻で笑う。
「悪いようにしない? 自分の子でさえ思いを踏みにじって言いなりにしてきたじゃないか。あんたの『悪いようにしない』ってのは、自分にとってだけだ。相手のことなど何も考えていない」
「それは誤解だ――どのことを言っているのか……俺はいつだって家族のことを考えてきた」
「家族を? よく言うよ。さっき流星さんのこと、なんと言ったのか忘れた?」
「ナガレを可哀想だとは思っている。だがな雷雅、ヤツには使える能力がない。期待をかければ、それに答えようとするだろう。それはアイツを苦しめ危険に晒すことになる、ならば期待していないと示してやるのがナガレのためだ」
「随分な屁理屈だな、呆れて物も言えない」
「だいたい雷雅、おまえ、何を知っている? ナガレに何を吹き込まれた?」
「あんたが神影さやかさんと出会ってから今までのこと――きっとかなり詳しく知っている」
神影さやかと聞いて恒星の顔色が変わる。悔しそうに雷雅を見つめ、やがてフッと溜息を吐いた。
「そうか、そんなことまで知っているのか。ならば、俺の気持ちも少しは理解できるだろう? 陽だから影だからと、恋人との仲を裂かれた」
同情を買おうとする恒星を、雷雅がさらに嘲笑する。
「僕の母に気の沿わない結婚を強いたのは誰だ? 自分と同じ苦しみを他人にも与えようとしたくせに、よくもそんなことが言えたものだ」
だが、恒星は少しも動じない。
「早紀ににだって有益な話だ。だいたい早紀とアキラは子どものころから仲が良かった。早紀はアキラを『お兄ちゃん』と呼んで慕っていた」
「そんなのあんたの思い込みだ。本人に確かめちゃいないんだろ? 母さんは流星さんに恋してた」
「なにを馬鹿な……それは雷雅、思い違いだぞ」
今度は恒星が嘲笑する。そして、
「そうだ、あいつ、どうやって早紀を騙したんだ?……兄の婚約者を寝取るなんてとんでもないヤツだ。まさか力尽くで? いや、そんな度胸があるはずもない」
と呟いた。
あぁ、まったく。コイツはどんなことがあっても自分の思い込みから抜け出せないのか? 心底呆れる雷雅だ。
「アンタはね、自分のことしか考えてない。さやかさんのことにしたってそうだ。さやかさんに、あんたへの思いがあったかどうかなんか、今となっては判らない。だけどあったと仮定したって、添えないと決断したのはさやかさん自身だ。彼女が好きならなんでそれを尊重できない?」
「そうだとしても雷雅、その決断は陽であり、影だからだ」
「いいや違う! 陽だから影だからと、諦めたからだ――決意があれば障害を乗り越えようとする。その決意がアンタにもさやかさんにもなかった。それだけだ」
「ハン! このガキが、判ったようなことを!」
「陽と知って、影と知って、それでも一緒になろうって努力を、あんたは少しでもしたのかよ? 僕の両親は、あんたの妨害に立ち向かった。手を尽くし知恵を絞って、いつか必ず一緒になろうと誓い合った。あんたはそんな努力を、ほんの少しでもしたのか?」
そうだ、僕の両親は愛し合っていた。そして僕が生まれたんだ――




