107 全てか無か
フッ、と恒星が笑んだ。
「邪魔な影どもがいなくなって、却って好都合――暁月雷雅、俺はおまえの祖父母を知っている。おまえの母親が生まれた時からな」
雷雅は恒星から目を離さないが応えることもない。
「おまえの母親が生まれた時のことを覚えている。あんな不思議はあの時以来、経験したことがない」
(惑わされるな)
雷雅の意識の中で龍弥の静かな声がする。
恒星が続ける。
「おまえの父親のこともよく知っている。おまえは父親にとても似ている――俺の息子だ、そこで伸びている男だ」
本気で彗星が僕の父親だと思っているのか? それとも僕を動揺させようとしている? 表情からは読み取れない――どうでもいいや。つい雷雅が苦笑する。
それをどう受け止めたのか、
「なぁ、雷雅――」
急に恒星の口調が和らぐ。
「俺はおまえの誕生を、おまえが生まれる前から、そうさ、おまえの母親が生まれた時から待っていた。おまえの能力があれば、陽は世界を思うが儘にできる。判っているんだろう?」
雷雅は恒星を見詰めるだけで何も応えない。
「影の一族だけでなく、なんの能力も持たないヤツ等だって思いのままだ。影に命じれば、そんなヤツ等も操れる。知っているんだろう?」
とうとう雷雅が溜息を吐く。
「あんたの望みは陽と影の消滅じゃなかったのか?」
「うん? まぁ、それでもいい。全てか無か、そんな話だ」
今度は恒星が苦笑する。
「陽として縛られるのか、それとも他を縛るか、その違いだ――雷雅、おまえの覚醒はどんなだったんだろう? 苦しくはなかったか? 混乱の中、自分が崩れていく、そんな恐怖を味わわなかったか?」
これには答えず、雷雅はまたも恒星を見詰めていた。
「おまえの母親――早紀が行方不明になってからの時間を考えると、おまえはまだ行って十七、影どもに無理やり覚醒させられたんじゃないのか? 可哀想に、影はおまえを利用するため覚醒させた。だけど雷雅、もう心配ない、俺がおまえを守ってやる」
黙ったまま、表情を動かさない雷雅を恒星はどう捉えているのだろう?
「俺を信用できないと、おまえは言っていたな。初めて会うヤツをなんで信用できるか、と――ここの裏手の竹藪でのことだ。忘れちゃあいまい」
そうだな、あの時、アンタは僕の影に攻撃した、忘れるもんか。雷雅の目に怒りが灯る。
「覚えているんだろう? あの声は俺だ、おまえの意識に話しかけたのは俺だ。あの閃光の威力を見ただろう? この部屋ではあの時ほどの能力は使っていない。ここにいたほとんどが俺の駒だからな」
駒? あんたの駒? みんなあんたを見捨ててこの部屋から出たじゃないか。僕は待っていた、炎影・月影がどう判断するのかを。どちらもあんたには従わないと言い切った。あんたの『駒』でなんかあるもんか!
(ライ――)
怒りが滾りそうな雷雅の心に龍弥の心配する声が響く――僕の影は、駒じゃない。僕の大切な仲間だ……雷雅が落ち着きを取り戻す。そして怒りが自信へと変わるのを感じる。僕は確実のこの男を上回っている。コイツと違って僕は一人じゃない。僕には頼れる影が、信頼できる仲間がいる。
「俺の能力とおまえの能力、二人でなら世界を手中にできる。だが、それを望まないならそれでもいい。俺だってそんなこと、本心から望んでいるわけじゃない。だがしかし、影は開放したい。それには消滅させるしかない。影の一族から、能力を奪う、そうしないことにはヤツ等は同族を虐げるのをやめない」
何か言いたげに身動ぎした煌一をマスターが抑える。二人の間に意識の交換があったのを雷雅が感じた。
恒星を見詰めたまま、目の端でひなたを見ると、陽彩に寄り添い彗星の様子を見ている。能力の発動を感じる――ひなたはきっと特殊能力を使っている。それはどんな能力なんだろう?……あのおネエさん、やっぱり秘密主義だ、苦笑する雷雅、だが秘密は裏切りじゃない。誰にでもあるものだ。僕にだってある。
その苦笑に恒星は少し動じたようだ。影の能力重視を非難したが、駒にするには強い能力の影のほうがいい、そう雷雅が思っているとでも考えたのか、
「もちろん、おまえの駒は優秀なようだ。使える者は残したっていい。だが、俺に服従すると誓わせろ。雷雅の駒なら、俺の駒だという事を肝に銘じさせろ」
と付け加えてきた。
「語るに落ちたな」
堪らず答えた雷雅の声は冷たい。
「それ、僕のこともアンタの駒、道具としか見ていないってことだ」
失笑する雷雅に、恒星が一瞬顔色を変え、そして開き直った。
「雷雅、おまえの父親はそこでやっと目を覚ました彗星だ。知っていたか? アイツは俺の息子だ。つまりおまえ、俺の孫だぞ。孫なら祖父である俺に従え。おまえは俺のものだ」
「あいにく僕の父親はアキラさんじゃない」
チラリと彗星を見ると、上体を起こして頭を押さえている。その額に手を当てているのはひなただ。ひなたはヒーラーなのか?
「馬鹿を言え! おまえ、知らないかもしれないが、おまえは彗星にそっくりだ。父親の俺が言うのだから間違いない。同じくらいの年の頃の彗星と瓜二つだ」
恒星を見詰めたまま、後ろに下がる雷雅、朱方と並び、その腕をとる。
「ヤツに顔を見せてやって――」
「ライガ……」
雷雅の小さな声に、示されるのは朱方の小さな躊躇いと一瞬の葛藤、そして選んだ強い決意――一歩踏み出した朱方が雷雅と並び、凛と惑星を睨みつけた。
「ライガはわたしと早紀の子だ。父さんの好きになんかさせない」
恒星は朱方をキョトンと見たが、すぐに吹き出して笑い声を響かせた。
「また、なにを言い出すかと思えば――ライガ、落ち着いて考えてみろ、早紀が、おまえの母親が、こんな出来損ないを相手にするはずがない」
グッと朱方が唇を噛み締める。
「こいつはな、母親の腹にいる時から出来損ないだったんだぞ。何度も流産しかかった。そのたびに医者が助けてしまったが、そんな弱い子は要らないと思ってた。早産で小さく生まれた上に、もちろん能力も弱い。さすがに自分の子を殺せなかったが、余計だと思ったものさ。ま、生まれてしまったものは仕方ないと諦めて育てたが、やっぱりそいつは出来損ないだ。たいして役に立たない」
ひなたから怒りを感じる。陽彩を取り巻くのは悲しみか、もっと違うものか?
「だから『ながれ』と名付けた。どうせ長生きしないと思った。字も『流れる』一文字のはずだった。それを馬鹿な母親が情けをかけて、我が家系に伝わる『星』を付けて『流星』としてしまった。まぁ、それもどうでもいい」
恒星が溜息を吐く。
「誰にどう吹き込まれたか知らんが、雷雅、おまえの父親は彗星だ。流星が父親だとしたら、おまえがそんな強い能力を持てるはずがない」
「いや、俺の子ではない」
まだ床に腰を降ろしたままの彗星が言った。
「俺は早紀に手も触れていない。子ができるなんて有り得ない」
ムッと恒星が彗星を見た。
「アキラ、おまえ、今日はどうかしているぞ――なんで今日に限って俺に逆らうんだ?」
「すいません、お父さん――でも、それが事実ですから」
陽彩とひなたに助けられて彗星が立ち上がる。そして陽彩に支えられたまま雷雅に向かって歩き始めた。
「アキラ――」
その様子を見ていた恒星の表情がだんだんと険しいものに変わっていく。
彗星は朱方と頷きかわし、その横に並ぶ。陽彩がそれに付き添う。ひなたは雷雅の横に立つ龍弥の一歩後ろに立った。
「おのれ! おまえたち、許さん! 俺を裏切るのか?」
恒星の怒号が部屋に響く中、煌一が彗星と陽彩を守るように立ち、マスターがそれに従った。




