105 影に潜む
昼食は、ゆっくり味わう暇もないまま済ませた。慌ただしく、それでも慎重に煌一・ひなたの控室を出、建物全体に配置された狩人が警戒する中、隠れ場所とした予備室に入り、大会議場へのドアを見る。直接出入りできることを確認すると、そのドアの近くに椅子を運び待機した。
「午後の会議が始まるまで、のんびりしていよう」
龍弥が会議テーブルに飲料のペットボトルを置きながら、独り言のように言った。
何事もないまま、時が過ぎていく。時おり廊下を行き交う気配がし、すれ違いざまに意識を交換しているのを感じる。狩人同士で、無事を確認しあっているのだろう。
大会議場にパラパラと誰かが入ってくる。三つあるドアに一人ずつ立った。暫くすると建物の入口の方からゾロゾロと、大勢が押し寄せてくる。中には生身の人間ではなく、影だけと明らかに判る者もいる。そうか、僕はまた陽としての能力が強くなったのか、と雷雅が思う。本体のない影の存在を検知できるようになった。
分散してドアを通り、入ったところで立ち番の狩人から何か受け取っているのを感じる。きっと飲料だろうと雷雅は思った。この騒めきに乗じて自分もと、ペットボトルに手を伸ばす。同時に伸びてきた二本の手、顔を見かわして声を出さずに笑った。
俄かに大会議室が静まり返る。手前からドアが閉ざされていく。一番向こうのドアのある方向が議長席、いったん締まったドアが開けられ、誰かの入室を待って、再び閉じられる。入ってきたのは議長の神影真輝、午後の会議が始まった――
「昨日の昼食は神影が手配し、神影が業者から受け取り、大会議室に運んだ。そのあとは放置され、希望者はそこから持っていった。どこか違うか?」
再会の宣言がなされ、いの一番に誰かががなり立てた。
「大会議室に持ち込まれてからは神影以外の影の目もある。薬物を混入できるチャンスは業者から受け取って大会議室までの間――薬物を仕込めるのは神影しかいない」
「業者からは薬物混入発覚後に『配達するはずの商品が盗難にあった』と連絡が来ている。これをどう説明する? 業者に化けたヤツが盗んだ仕出しに薬物を入れ、何食わぬ顔で届けた。そう考えたほうがいい」
煌一の声だ。
それに先の声が、さらに言い募る。
「どちらにしろ、混入を察知できたのは受け取ってから大会議室に運び込むまでの間だ」
「ほう? 炎影には薬物を探知できる特殊能力のある影がいると?」
「危機感が足りない、慎重さに欠けると言っているのだ」
「それを言ったら、食べた者たちにも当てはまる。薬物混入をなぜ食べる前に疑わなかった、とね――なんだったら次回からは炎影に会議の手配をすべて任せようじゃないか。会場を含めて、きっと抜かりないことだろう」
煌一ではない誰かの声が割り込んだ。厭味をたっぷり含んだ、少し年配に聞こえる声はいったい誰だ?
「議長は発言を慎んでいただきたい」
窘めたのは煌一、すると炎影を皮肉ったのは煌一の父親・神影家当主真輝だ。がなり立てているのは火影の誰か、きっと照晃。
「薬物混入の件だけで、神影排除はいささか無理がありますよ、炎影さん」
今度は若い男の声だ。同じ声が続ける。
「神影の失態は薬物混入じゃない。その件に関しては神影を責めるより善後策を講じたほうがいい――神影の責任は、ここ最近の災厄魂の不審な動きを把握できていない点と総本部襲撃事件、この辺りにある」
「わたしの父もあの襲撃で命を落とした。だが、神影もさやかさまを襲撃で亡くしている。あのさやかさまでも防げなかった。わたしの父も同じだ――確かに静流の言う事にも一理あるが、責任を追及するのは少し過酷ではないか?」
これは、がなり立てていた男の声……思った通り照晃で、若い男は静流だと確定した。
「うん? 総本部襲撃では月影には損害がなかった。まさか犯人は月影だなんて言い出しませんよね?」
「いや、月影だなど思っていない……心当たりがほかにある。しかしまだ、尻尾が掴めない。下手に追及して、証拠隠滅を計られるのは拙い」
静流が嘲笑したような気配がした。
「月影で調査したところ、もちろん証拠なんかないが、襲撃犯は神影と答えが出ている」
議場にどよめきが起こる。そりゃそうだ――静かに! 真輝の怒鳴り声が聞こえる。
「おいおい、これだからお子さまは困るな。証拠もないのに感情だけで決めつけるのか?」
照晃の嘲笑、それを追いかけて笑いが起きた場所に炎影の一団がいるのだろう。
静流が反論する。
「感情? どんな感情を僕が神影に持っていると言いたいんだろう? 状況をじっくり見れば犯人は神影と判るはずだ」
「じっくり見れば静流、月影が犯人と言えなくもない。月影に被害はなかったと、自分で言ったぞ」
揚げ足を取る照晃を、フンと無視し、静流が続けた。
「神影はさやかさまが邪魔だった。頭を押さえられているのに辟易していた。だからさやかさまを亡き者にした」
「おい!」
静流の暴言に、さすがの照晃も声を荒げる。
「おまえ、自分が何を言っているか判っているのか?」
「あぁ、判っているとも――照晃さん、あなたのお父上はその企みを阻止しようとして巻き添えを食った……こんなことを言われて、神影が黙っている。反論できないからだ」
「うぬぅ――」
自分の父親の死に言及された照晃が言葉に詰まる。犯人への恨みはまだまだ消えやらぬものがあるだろう。そして内心、犯人は神影だと焔に吹き込まれている。ただ、総本部長選を見据えて、取り乱すことを避けているだけだ。
「おい! 煌一、どうなんだ?」
苦し紛れに神影の言い訳を聞こうというのだろう。照晃が煌一に、神影の立場に関して発言を求めた。
「馬鹿馬鹿しくて呆れている。神影は影の中に犯人はいないと考えている。もし、どうしても影を犯人、もしくは誰かに責任を取らせたいというのなら、炎影と月影で決めるといい――もちろん、神影だというなら、徹底的に抗戦する。我ら神影流は、影の誇りを忘れていない」
煌一の言に、声の周囲から拍手が起きる。神影流はあの場所に集まっている。各流派に別れて着席しているという事か、と雷雅が会場内を予測する。
それにしても……朱方恒星は、どこに潜んだ? 照晃の近くも静流の近くも、取巻きたちに訝られずいられると思えない。彗星と陽彩は内部に潜入済みで、同流派の警護として朝から入場していた。でも、恒星は違う。だから昼休憩中に潜り込むことにした――
「徹底抗戦だって?」
「面白いじゃないか!」
信じられないという声は照晃、受けて立つ気満々なのは静流、口調が興奮を増していく。
「月影は総力を持って神影を叩き潰す。月影が神影に劣るものでないこと、思い知らせてやる!」
「待て、待て、待て! 神影を中央から排除すればそれでいい。影同士で争ってもいいことはない」
一転、照晃が態度を軟化させる。
「はっ! 月影を事なかれ主義と陰口を叩いているくせに! 炎影の腰抜け!」
「なに!」
照晃の怒鳴り声、大きな音が続けて二回、怒りに任せて乱暴に立ち上がった照晃が椅子を倒し、それに静流が呼応した、そんな感じだ。二人は睨み合っているのだろう。焼け付きそうな緊張、同時に二人を取り巻く空気がざわざわと、徐々に落ち着きを失くしていくのが、雷雅たちがいる予備部屋にも伝わってくる。
その時、煌一が大きく気配を動かした。驚愕、いや恐怖か? 炎影・月影に引き続き、椅子の倒れる音、だが煌一の声は本人の後ろに向かっている。
「誰だ、おまえ!? どうやってここに潜り込んだ?」
えっ? と雷雅と龍弥が顔を見かわす。朱方も、わけが判らないというようにオロオロしている――朱方恒星は神影に紛れ込んでいたのか?




