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神影ひなた の シャドウ・ビジネス  作者: 寄賀あける
第3部 愛と憎しみに導かれて

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104/120

104 総本部長選、始まる

 翌朝、身支度を終え龍弥(たつや)と二人、内階段で店に降りる。朱方(あけかた)に貰ったペンダントは眠る時に一度外したが、朝、ヘッドの中を見てから着け直した。もちろんリングもチェーンに通した。今のところ、連絡用の形代として使うことはなかったし、これからもないかもしれない。だけど少なくとも今日は(・・・・・・・・)身に着けていたかった。


 ペンダントヘッドには片面にだけ写真が入れられるようになっていた。幸せそうに笑う早紀(さき)と朱方のツーショット、二人ともかなり若い。この写真には傷を付けたくない。だからリングを入れなかった。きっと龍弥も雷雅(らいが)のそんな気持ちを察している。


 店ではマスターが厚焼き玉子を焼いていた。鮭が焼かれる匂いもする。味噌汁はきっとダイコンだ。玉子焼きは塩味? と訊くと『雷雅さまがお好きな甘い玉子焼きですよ』とマスターが微笑んだ。


 マスターに言われて小鉢を出し、ひじきの煮物やカブの漬物を盛り付ける。カウンター横に作った食卓には、一人分ずつの角盆が並べられ、そこに主菜、副菜を乗せていく。大根おろしに雷雅が苦戦しているとき、ひなたが大きな皿を持って店に来た。


「マスター、唐揚げ持ってきた。お弁当にでも使って。あと、コーちゃんが海苔巻きと稲荷寿司、持ってくるよ。それは朝でもお弁当にでも」

「海苔巻きは太巻きですね? お嬢さまお得意の」

照れくさそうに笑っただけで、ひなたは食卓に座ってしまった。


「ひなたさん、太巻きずしが得意なんだ?」

「そりゃあもう、絶品ですよ」


 そこへ煌一(こういち)が重箱を持って現れ、マスターに渡すと、やっぱり食卓に行ってしまった。カウンターの中ではマスターが内緒ですよ、と雷雅と龍弥に太巻き寿司を一切れずつくれた。出汁巻き玉子、よく味が染みたシイタケ・かんぴょう・高野豆腐に、程よい太さのキュウリ、桜でんぶが彩りを添えている。少し酸い目の酢飯が味を引き締めて、なるほど美味しい。


「お昼が楽しみでしょう?」

マスターは弁当に使う気になっているようだ。甘い玉子焼きと塩鮭には白飯のほうがいいと思ったのだろう。


 時間通りに朱方(あけかた)が訪れ、副菜の多さに驚く。角盆には煮物や白和えなど、小鉢が七つも乗せられている。今日は特に多いんです、と龍弥が呟く。もちろん、あるだけ出したとは言わない。朱方は、皆と同席と知ってさらに驚く。


 食事が始まり、いつもの調子でひなたが謎の言葉を吐く。朱方が目を丸くしても仕方ない。雷雅がひなたを制すれば苦笑し、煌一がボヤけば同意し、雷雅の冗談に龍弥が笑えば、嬉しそうに龍弥を見る。食事が終わるころには朱方も、なぜ自分が朝食に招かれたのか薄々勘付いていた。


 今日が無事終われば、この暮らしが続いていく。雷雅の生活は充実している。なんの心配もない――だけど、それは朱方を拒絶するという事ではない。それならわざわざ呼びはしない。すぐには埋められないだけだ。きっとそうだ。


 心の中で朱方がそっと溜息を吐く。あんなに抱き締めたかった息子、そんな時期は過ぎてしまった。すでに自分の足で歩き始めた息子に、父親ができることがあるだろうか? 離れ離れの溝を埋めるのは息子の仕事ではない、その責任は親にこそある。息子を理解し、理解して貰える努力を重ね、そのうえで見守ること……今の自分にできることはきっとそれだけだ。


 朝食が済み、雷雅と龍弥はマスターを手伝いにカウンターに向かう。目で見送る朱方にひなたが声をかける。


「素直でいい子でしょう?」

そんな言葉にさえ胸が詰まりそうな朱方が、やっとのことで『はい』と答える。

早紀(さき)には感謝しかありません」


 しばらくひなたは黙っていたが、やがてポツリと言った。

「時間って残酷ですよね」

「そうですね……そして救いでもある。手を差し伸べてくれるのも時間。そうなるよう努力するしかありません」

時間をかけて雷雅との関係を積み上げると朱方は言いたいのだ。


 洗い物を終えた雷雅が急須と湯呑、龍弥がコーヒーサーバーとマグカップを持って戻ってくる。マスターはカウンターの中でまだ仕事があると残った。日本茶とコーヒー、希望を聞いてそれぞれに配ってから二人が席に着く。


「煌一さんとひなたさん、そして龍弥の影は八時半に店を出ます」

予定の確認を雷雅が始めた――


 煌一たちが議場に着いたのは九時十五分頃、いったん控室に入った後、ひなたを残して議場の中を見て回った。警護の責任者でもある煌一が巡回しても不自然ではないが、ひなたも一緒となれば不審に思われるかもしれない。


 煌一が手配した神影(みかげ)流の狩人(かりびと)を目視で確認する。ことが起きるまで護衛関連以外のことで、狩人(かりびと)たちと意識での連絡はしない。打ち合わせ通りだ。本来ならば、会議の警護のように軽微な任務に就く立場にはない者たちばかりだ。煌一の緊急指令に『何かが起こる』と察していることだろう。


 会議が行われる大会議室も確認する。午後になれば雷雅、本体と合流した龍弥、そして朱方が身を隠す予備室にも問題は見当たらない。


 九時半、炎影(ほかげ)流の一団が議場入りし、時を置かず月影(つきかげ)流の一団も入場する。朱方彗星(あきら)陽彩(ひいろ)の顔もある。もしや、と思われた朱方恒星(わたる)の姿はなかった。


「ここまでは予想通りに進んでいる」

意識を本体に戻した龍弥の報告に雷雅が頷く。龍弥の本体は、マスターが出してくれたアイスコーヒーを飲み干してから、トイレに駆け込んだ。もうすぐ会議が始まる。生身のほうに手を掛けられなくなる可能性がある。


 戻ってきた龍弥が定位置に座ると雷雅に頷いた。雷雅がそれに頷き返す。

「頼んだよ――」


 十時、総本部長選任の会議が始まる。中断された今までの会議に引き続き、議長は神影真輝(まさき)、煌一の父親で神影家当主だ。さすがにこれにまで異を唱える者はいない。だが、真輝が総本部長候補者の名を読み上げようとした時、炎影照晃(てるあき)が立ち上がった。


「昨日の薬物混入事件、これが解決されないうちは総本部長の選任もできない」

決まった後に総本部長の流派が犯人だった場合、どうするんだと声を荒げた。月影は動かない。


「本部長が決まらなければ、調査を進めるのは難しいかもしれない」

無難な発言は神影ひなただ。

「だが、その場合、選任された総本部長が犯人だったら、いくら調査したところで解明しないのも道理。悩ましいところですね」

と、あいまいな態度だ。


「神影が反対しないのならば、月影も敢えて異を唱えない」

これは月影静流(しずる)、神影以上に無難な答えだ。


 下剤事件の犯人は月影だと、会議の場では暴露しないと決めている。ではどうする?

「どうせ犯人なんか特定できない、時間稼ぎにちょうどいい」

龍弥がぽつりと言った。きっとひなたからの伝言なのだろう。すでに意識は議場に戻っている。


「牽制しあってごちゃごちゃしそうだね。煌一さんがイライラして怒りださなきゃいいけど」

クスリと笑う雷雅に、朱方が

「神影さんは怒りっぽいんだ?」

と尋ねる。


「そうだね、すぐ怒る、でもすぐ治まるし、自分が悪いと思えば反省してすぐ謝る。最初は怖いなって思ったけど、判ってくると単純で気持ちのいい人。僕は好きだよ」

奥でマスターが頷いたような気がした。


 十一時になる少し前、龍弥の意識が本体に戻る。

「少し早めに出ろって」


既にマスターは駐車場の車で待機している。店の前に車を回してもらい、雷雅と龍弥が弁当の包みを積み込む。龍弥は助手席に乗り込むと、さっさと意識を議場の影に戻した。後部座席に朱方と雷雅が座った。


「例の動議が出された……責任は神影にある。排除しろ」

龍弥がそう言ったのは、神影本家の敷地に車が入った時だった。


 神影家の駐車場を通り過ぎ、議場にしている研修所の駐車場に車を停める。

「動議は協議することに決定。これから午後休憩、午後一時まで――ただいま」

龍弥は意識だけでなく、影も本体に戻したようだ。


「十一時五十分――早めに出といてよかった」

時計を見て雷雅が唸る。


「煌一さんが急いで弁当持って来いって。で、俺と雷雅と朱方さんはさっさと食べて所定の場所に行けって」

「あ、自分がお昼食べる時間を考えてなかった」

「ちゃんと食べなきゃだめだって言ってる。パワー不足が一番危険だって」

危険という言葉に朱方が緊張する。雷雅が危険に晒される、そのことに緊張したのだろう。


「とにかく、急ぎましょう」

マスターの言葉に、龍弥と雷雅が慌てて車を降りる。龍弥と雷雅が弁当を持ち、マスターと朱方がペットボトルのお茶を持った。途中数人の影とすれ違ったが、すべて神影流だった。とりあえず、ここまでは計画通り、控室でひなたの顔を見た雷雅がホッと息を()いた。

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