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神影ひなた の シャドウ・ビジネス  作者: 寄賀あける
第3部 愛と憎しみに導かれて

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103/120

103 愛の願い

 龍弥(たつや)と二人、内階段を使って部屋に戻る。カウンターの後ろのドアを通る時、なぜかマスターが龍弥にレジ袋を渡してきた。


「なんだ、これ?」

中を見て龍弥が呆れる。

「何が入ってるの?」

「ポテチにチョコレート、えっと、鈴カステラ、一口羊羹。缶ビールが一本に缶コーヒーとコーラが二本ずつ、こっちは何だ? あぁ、裂きイカだ」

「そっか……ビールは龍弥のためだね」

雷雅(らいが)がニヤニヤ笑う。


「飲み物がなきゃ、ハロウィンで、子どもたちのために用意する袋だな」

「何を入れるか迷ったんだろうね」


 部屋に入り、ソファーには座らず、リビングのラグに直接、腰を降ろした雷雅、当然のように龍弥もラグに腰を降ろす。


「こうなるって、マスターは気づいてたって?」

雷雅の呟きに

「きっと煌一(こういち)さんもひなたさんも気付いてるよ」

龍弥が答えた。そんな龍弥をチラリと見て雷雅が笑う。


「タツヤも気がついてったことだよね。だから何も聞かずにここに座った――でなきゃ、寝ないのかって訊くよね」

それには答えず苦笑する龍弥だ。指輪に籠められていた早紀の思い、その中で今回の件に関係ないと言って話さなかった部分、それを誰かに聞いて欲しいと雷雅が思っていると感じていた。その誰かは龍弥しかいない――


 コーラを選んだ雷雅、龍弥は少し迷ってから缶ビールを開けた。

「タツヤがアルコール飲むの、初めて見た」

「うん、初めて飲む」

「それってマスター、知ってる?」

「俺が酒、飲んだことがないって?」

「うん」

「どうだろう? でも知ってるから入れてきた、そんな気がする」


 下手をすれば、もう二度と酒を口にする機会がなくなるかもしれない。マスターはそう考えたんだろうか? これから先、いくらでも乾杯のチャンスはある、僕がそうする。


「そっか――美味しい?」

「うーーん……(にが)いな」

「あれま、タツヤ、苦いのは苦手なのにね」

クスクスと二人で笑う。


 いつもは皿を用意するのに、今日は袋のままテーブルに置いた。ポテチは袋の背を裂いて、食べやすいように広げ、個包装されたチョコレートと一口羊羹はバラバラとテーブルに投げ出し、他は開封しただけだ。


 鈴カステラの袋に手を突っ込んで雷雅が言った。

「さっきの母さんの記憶の中に、これ、出て来てた」

「そうなんだ?」

「それと卵ボーロ。母さんの記憶の本当に最初の方。三つとか四つとか」

「うん――」


「一緒にいたのは朱方さんだと思う。もう一人、少し年長の男の子もいたけど、そっちはきっと朱方さんのお兄さん」

「そんな小さなころから三人は仲良しだったんだね」

「そうだね、で、お兄さんのほうは小さい二人を守る騎士で、小さな二人は王子さまとお姫さま」

「それってライがお母さんの記憶を見た感想?」


「ううん、母さんがそう感じてたってこと――王子さまは王さまに認めて貰えなくていつも泣いてた」

「王さまって――ヤツのこと?」

「うん……で、そんな王子さまを騎士が慰めてた。でもお姫さまは知っていた。騎士の中に王子さまより自分が優秀だって気持ちが住んでいることに」

龍弥はチラリと雷雅を見ただけで、相槌(あいづち)さえ打たなかった。


「それにお姫さまは知っていた――本当は王子さまのほうが騎士よりずっと優秀で我慢強いって。騎士の優しさは自分が優位だから。でも、そんな騎士をお姫さまは嫌いじゃなかった。自分が優位なのに決して偉ぶらないし、優しさだって偽物じゃない。でも、お姫さまは王子さまが好きだったんだ」


 龍弥が裂きイカを齧りながら言う。

「小さい時って三歳違えば随分違う。お兄さんの優位性って年齢差じゃ?」

それに雷雅が笑う。

「うん、どうもそういう事らしいよ。記憶の後の方で母さんはそう考えを変えている。でも、騎士の優しさは人柄からくるものだって」

雷雅も裂きイカに手を伸ばし、少しの間言葉が止まる。


「だけど、お姫さまはやっぱり王子さまが好きってことか」

龍弥が苦笑した。


 コーラを一口飲んでから雷雅が言った。

「騎士はお姫さまには遠い存在だったんだよ」

「遠い存在?」

「強くて頭がよくて、ずっと先を歩いているように感じた。実際、子どものころはそうだった。前を行く騎士を王子さまとお姫さまは手を繋いで追いかけた」

「ふぅん……なんだか、光景が目に浮かんでくるね」

「そうか? 僕は実際に見たからその感覚、判んないや」

雷雅が笑い、あぁ、と龍弥も笑う。


「小学生の頃はあまり顔を合せなかったみたい。省略されてるのかな? なにしろ王子さまとお姫さまは中学生になり、学習塾で再開する」


 お姫さまは嬉しくて、でも、もう子どものころのように手を繋いだりできなくなってて。ちょっと遠くなったと感じてる。でも却ってそれが、お姫さまを王子さまに近付きたいって気持ちにさせた。


「なんとしてでも王子さまと同じ高校に行くんだって、お姫さまは猛勉強した。で、晴れて合格し、幸運にも三年間、同じクラスになった」

「ドキドキワクワクの毎日?」


「そう、毎日楽しくて仕方ない。でも少しだけ不満と不安があった。王子さまは自分のことをただの幼馴染だという。それが寂しくて泣いた夜もあった――それに、()としての覚醒が始まって、自分はどうかしたんじゃないかと悩む日もあった。だから王子さまに思いを伝えられなかった。その反面、王子さまもわたしと同じはずだし、王子さまも自分を好き、あるいは好きになる、そう思えて仕方なかった。そんな点でも自分をヘンだって思った。ここで言う同じって、同じ気持ちじゃなくって同じような能力(ちから)を持っているって意味だ」


「うん……」

龍弥の顔から笑みが消える。


「徐々に覚醒するのと、いきなりの覚醒と、どっちがいいんだろうね?」

「どっちもどっちじゃないのかな? 母さんは僕みたいにサポートしてくれる人がいなかったから、かなりキツかっただろうけど。僕はこれでよかったと思ってる」

そうか、と龍弥が安心したような顔を見せた。


「十八の誕生日の前日、お姫さまは自分の父親から王さまの命令を聞かされる。騎士との結婚だね。お姫さまが学校を休んだのは覚醒のせいじゃなく、それが原因。王子さまも自分と同じ()だと確信して安心する一方、王さまの命令に逆らう事の難しさと命令の内容にショックを受けて学校を休んだ」


 どんな顔をして王子さまに会えばいいのか、判らないまま学校に行った。そんなお姫さまに王子さまの態度は冷たい。どうしてもっと早く好きだと伝えなかったのだろう? お姫さまは後悔し、泣きながら眠る日々を過ごした。そして卒業式の日がやってくる――


「そこから先、僕が生まれて、祖父母が他界するまで、朱方さんが話してくれた。だから省略」


 両親が死んで頼る人がいなくなったお姫さまは王子さまに縋る。お願いだから一緒にいて、と。でも、王子さまはお姫さまと生まれてきたボウヤが心配で『一緒に暮らそう』と言えない。泣きながら『ごめんね』と繰り返す王子さま、お姫さまは覚悟を決めるしかないと思った。


「きっとこのままどうしても一緒にいたいと言えば王子さまは頷いてくれる。だって王子さまが泣くのは、お姫さまやボウヤと一緒にいたいから――でも、そうさせちゃいけない。一緒にいれば、ボウヤを健やかに育てることができないばかりか危険に晒すことになる。だから王子さまは泣くほど辛いのに『うん』と言わない。言わせちゃいけないんだ」


 お姫さまは少なくとも危険が去るまでは、王子さまとは会わないと決意した。愛するボウヤを守るために、王子さまとの連絡も断つ。王子さまに頼りたがる自分にならないように――


「何年か先、お姫さまは王子さまとは違う人と結婚するけれど、それもボウヤのためだった。お姫さまの力だけでは満足な教育を受けさせられないし、食べるのがやっとだった。上辺だけ取り繕った心は相手にも伝わって、夫はお姫さまの浮気を疑うようになり、暴力が始まる。そして離婚した」


 しばらく雷雅が黙る。龍弥も何も訊かない。(から)になったビールの缶を龍弥が握りつぶした。それを見て雷雅が呟く。

「タツヤ、顔が真っ赤だ」

少し笑んだ雷雅に龍弥も微笑む。


「で、離婚したお姫さまは、頼る相手を間違えたんだって後悔じゃなく猛省した。大事(だいじ)なのはなんなのか(・・・・・)を深く考えて生きていこうと考える。そんなお姫さまを病魔が襲う」


 お姫さまが考えるのはボウヤのこと。まだ一人にするには忍びない――するとタイミングよく、ボウヤに近付いた影がいた。()と影、これは運命だと思った。影に任せようと思った。


「お姫さまは影に何度もボウヤのことを頼んでいる。影は何度も頷いて、安心して療養するようお姫さまに言う。そして二人は約束する――もし王子さまが尋ねてきたら、必ずボウヤに会わせる。その後どうするかはボウヤに判断させる」


 だんだん弱っていくお姫さま、そこに騎士が尋ねてきた。騎士はお姫さまの変わりようをきっと内心では嘆いたけれど、昔通りの優しさで顔色一つ変えることがなかった。早く元気になって、またみんなで楽しく暮らそう。もちろんボウヤのことは守るよ。王子さまもいる――その言葉にお姫さまは救われる。これで安心して眠りにつける……


「お姫さまは最後にこう言ってた――王子さまが今でも好きで好きで堪らない。もう一度会いたかった。抱きしめて欲しかった。それだけが心残り……それってさ、ボウヤにも王子さまを好きになって欲しい、そんな願いが込められていると思わない?」


 龍弥は何も言わなかった。俯いて、何か考えているようだったがやがて立ち上がり、

「そろそろ寝ようか?」

雷雅の震える肩に手を置いた――

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