102 護れ、従え!
明日はワゴン車、とマスターが言ったけれど、二台に分乗しようと思ってる……最初に雷雅はそう言った。
「事が起こるのは昼食休憩後、陽である僕と朱方さんは影には化けられない。陽の気配を消しても、見られてしまった時、気が付く影が出てくる可能性もある。なるべく他の影に見られない時間帯を狙って入場し、どこかに隠れて時を待つのが得策だと思う――定時に煌一さんとひなたさんには出かけてもらい議場入りを。もちろん本体も影も」
あとで煌一さんとひなたさんの意識に、彗星の顔を画像化して送る。議場に入ったら人定しておいて欲しい。
「反対に朱方さんがアキラさんとお母さんにこちらのメンバーの顔を画像で送る約束になっている――が、互いにコンタクトは取らない。事が起きるまで、つまり本命のヤツが動き出すまで、あくまでアキラさんと朱方さんのお母さんはヤツの味方を演じる」
アキラさんとお母さんは神影の責任を追及するよう炎影と月影を焚きつける。武力攻撃はしない約束だが、興奮した影が暴走しないと限らない。焔の影に対する統率力は陽に及ばない。影は焔に反せる――そのあたりを忘れず、警戒を怠るな。
「僕、タツヤ、マスター、そして朱方さんは昼休憩に間に合うように議場入りします。それまで陽だまりで待機。が、タツヤは影だけ煌一さんについて行って。本体と本人の影の意思疎通は、他者には検知できない――って、これ、間違いないですよね、ひなたさん?」
「基本的に、影は本人の一部だからね。他人の心が読めないのと同様、本体と本人の影の意思疎通は他人には読めないよ……他人の意識に強制的に入り込める能力を持っているならできる。でもそんなことしたら、入り込まれたほうから攻撃される覚悟が必要。決闘中でもなきゃしない」
だから煌一の影に引っ付いてる龍弥の意識を読もうなんて影はいない。安心していい、とひなたが言った。
「心配するとしたら、龍弥が何かしでかして煌一の監視下に戻ったと勘繰るヤツ等だな――いや、むしろそのほうが都合いい?」
大きな瞳をクルッとさせて、ひなたが笑った。
「昼食休憩の直前に着くよう、僕たち四人は神影本家に向かう。口実は弁当のお届けだ。実際に、マスターの特製弁当を持参する。月影が下剤を仕込んでくれたおかげで出来ることだね。月影が知ったら悔しがるかも……駐車場を通り抜け、議場である研修所の駐車場に入り、休憩開始後に弁当を控室に持っていく」
昼食を摂りに警護の狩人以外は控室に引っ込むと見込んでいる。警護はすべて神影流。他の流派の影と出会った時は、僕と朱方さんは業者だと誤魔化す。
「昼休憩にはアキラさんと朱方さんのお母さんも動く。ヤツを手引きして会場に入れなくてはならないからね。だがそのルートは神影総本家からではなく、焼失した総本部の跡地を回るルートを指定している。駐車場での鉢合わせはない」
弁当を届けた後、僕とタツヤ、朱方さんは議場内に身を隠す。議場の警護は神影に任されている。神影は僕たちの味方なのだから会場は隙だらけ、計画した隠れ場所に簡単に行ける――
「ここまで、何か問題は?」
「ないけどね」
と、言ったのは煌一だ。
「そのプランだとタツヤの負担が随分だな――陽だまりと議場を、影が行ったり来たりすることになる。いくら瞬時に移動できても精神的な疲労は消せない。本番を考えるとどうだろう?」
「午前中に大きな動きはないと見ています。だからタツヤが陽だまりに必ず戻らなきゃならないのは弁当を運ぶため、車に乗り込む時だけ。それでどうでしょう?」
「まぁ――本番でタツヤが使えないようなら、俺と役割を交代してもいい」
煌一の言葉に龍弥がクスリと笑う。
「それくらいの移動で使えなくなる俺じゃない。譲りませんよ――それに、ライの相棒は俺だ。誰にも渡さない」
「ライガ、愛されちゃってるね」
ひなたが茶化した。煌一が、護衛がいつの間にか相棒に変わっちまったと複雑な笑みを見せた。
議場での隠れ場所は『可動式の壁に隔てられた控室』という雷雅に、龍弥が質問した。
「壁の向こうをヤツが見る、なんてことは? 陽の能力を持ってるならできそうなんだけど?」
「朱方さんによると、ヤツは自分が陽であることをも呪ってる。焔になったのも陽でいたくないってのが過分にあったんじゃないか? だから、ヤツが陽の能力の中でも基本的な透視を使うのはよっぽどのことだ。物音を立てたり、気取られるようなことをしなければまず心配ないんじゃないかな?」
了解、と龍弥が片手をあげた。
ねぇ、とひなたが雷雅を見た。
「聞いてると、随分朱方さんの意思って言うか、意見が出てくるけど、早紀さんの記憶に飲み込まれていた時、二人は意思の疎通が取れたたんだ?」
「うん――あの時、僕の意識は身体ごと映像化されてる感じで、広い空間に浮いているようだった。隣に朱方さんも立っていて……歩くことはできないし声も出せない。だけど意識は自由だった」
目の前のスクリーンに映し出されるように母さんの記憶が再生され、母さんの声も聞こえる。でも――
「母さんを呼ぼうとしても声が出ない。意識で話しかけようとしたけれど、母さんの意識はそこにはなかった。だから呼びかけようもなくて――その代わり、僕を包み込む意識を感じた。母さんの物じゃない。それは、その眼差しは朱方さんの物だった。それに気づいた時、思ったんだ」
あぁ、母さんはもういないんだ。母さんは死んだ。母さんは死んでしまった。だからどんなに呼びかけても返事はしてくれない。けれど僕は生きている。次々に沸き起こる思いがあって、嬉しかったり悲しかったり、とてつもなく誰かに会いたかったりする。そして、この人もまた、生きている。今、僕を見て、母さんの思いを知って、どんな思いでこの人はいるんだろう? きっと、母さんを失った辛さを僕と同じように感じてる。そして母さんと同じように、僕を守りたいと思ってる――
「ま、そんなこと、どうでもいいね」
照れ笑いで誤魔化す雷雅、誰も何も言わない。
「何しろ僕の意識と朱方さんの意識はそこにあって、呼びかけることも返事をすることもできたんだ」
なるほどね、これにはひなたが頷いた。
「午後の会議が始まると、すぐに炎影・月影が神影の責任を追及してきます」
雷雅が話を元に戻す。
「炎影と月影が協力し合うか、それとも反目したまま各方向から神影を責めるか。そのあたりはその場にならないと判らない。でも、昼休憩の直前に神影排除の動議が出される。炎影・月影のどちらか、あるいは両方、もしくは片方にもう片方が乗っかるか。それもその場じゃなきゃ判らない。だけど、動議が出されることは間違いない。これを休憩後一番の議題として休憩に入る」
「そして昼休憩中に役者がそろう、っと」
楽しそうなひなたに、煌一が嫌そうな顔をする。
「この動議、間違っても通さないように」
そう言う雷雅に煌一が抗議する。
「どうやって? 炎影と月影が賛成に回れば、神影は大きく不利だ」
「ここでアキラさんと朱方さんのお母さんが暗躍する。決して炎影と月影に手を組ませない」
神影を排除するにあたり、炎影には代わりになる流派が必要と主張させ、月影にはその必要がないと主張させる。この反目のタイミングが動議提出時か、動議を協議している最中になるかは午前中の会議の流れ次第だ。
「動議は神影流の排除、そしてその後の展望――最大勢力の神影を排除するんだ、排除したらどうなるかまで考えてからじゃなきゃできない」
雷雅の説明に煌一がフンと笑う。
「炎影と月影を対立させるのはいいとして、神影はどう動けばいい?」
「その二つの流派が対立するのを神影は見ているだけでもいいし、刺激して三つ巴を呈するのもいい――何しろ議事は大きく混乱し、収拾がつかなくなるのは目に見えている。阻止する必要があるのは会議の中止。あまりの混乱に、誰かが中止または中断を言い出すかもしれない。それは拙い。ヤツを引っ張り出せなくなる――まぁ、そうなる前にヤツは出てくる、きっと出てくる。ヤツだって早く決着をつけたいはずだ」
焔として、陽に準じる者として、影たちを統率しようとするはずだ。
「そしてヤツは炎影・月影に命じる。神影を押さえろ……動こうとする炎影・月影、その時、僕が登場し、影たちの前に立ち宣言する」
影よ、陽に従い、陽を護れ。おまえたち影はそのために存在する――




