101 初恋の誘因
気が付いていると思うけど、と雷雅が話し始める。
「母は二本のリングに複雑な術を掛けた。映像は陽に由来するもの、術が発動されると同時に、僕の脳裏には走馬灯のように次々と変わっていく場面が映し出されたんだ」
幼い少女と少年が笑い転げて遊ぶ風景、転んで泣いてしまった少女を立たせてくれた少年、泣き止まない少女を抱き締めて――
「最初は母が僕の父に思いを寄せるようになったきっかけで……このあたり、今回の件とは関係がないので割愛したい」
ん? とひなたが雷雅を見るが、言いたくないのだと悟ってそれ以上追求しない。
「すごく長かった、だから、必要な部分だけ話そうと思う。それでいいよね?」
否と言っても意味がない。雷雅が話さなければそれで終わる。誰も何も言わないのを確認してから雷雅が続けた。
「朱方さんの話は、ほとんどが真実で、ほとんどが嘘だ」
「えっ?」
思わず声を上げたのは龍弥、だが、それ以外も驚いて雷雅を見る。
「おい、ライガ、勘弁しろ。おまえ今、大きく矛盾したことを言ったぞ」
煌一が苦笑する。それに雷雅も苦笑で返す。
「うん、まぁ、聞いてよ。説明するから――朱方さんが言っていた出来事は本当のこと、その中で一貫して朱方さんが隠したことがる。それは陽の能力についてなのだけど、お兄さんより朱方さんのほうが陽としては優位、と言うか有能と言うか、パワーではお兄さんなんだけど……」
巧く言えないな、と雷雅が口籠る。
「まず、僕の母の陽としての能力、特に特殊な部分について話すね――記憶を映像化してなにかに埋め込めるってことのほかに、記録の書き換え、これは朱方さんのお兄さん、アキラさんもできた。そうだ、母は文字使いでもあった」
僕の父親の記録を僕と母から消す、もしくは書き換えたのは、アキラさんではなく母自身なんだ。
「記録を書き換える能力については、母はアキラさんより優れていた。アキラさんの術では足りないと思った母がそうしたらしい」
陽も影も、生まれた時に能力の大きさが判る。でも、特殊能力、これについては未知数、
「そうですよね? ひなたさん」
同意を求められたひなたが『そうだね』と、薄く笑う。
「特に陽の特殊能力には計り知れないものがあって、いつかひなたさんが、光を屈折させたら世界が混乱すると言っていたけれど、実はそんな能力を持つ陽が存在する。だから、悪用されないために特殊能力は隠さなくちゃならないし、陽は守られなきゃならない。そして――」
すぅーッと雷雅が息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
「母がそうだし、朱方さんもそうだ。僕にも同じ能力がある」
煌一が眼玉だけを動かして雷雅を見た。ひなたは口元に持って行ったポテトチップスを唇に当てたまま動かない。龍弥は雷雅を見つめ続け、マスターは俯いてしまった。
「そのことにヤツ……我々の敵は気づいていない――あ、いけない、言い忘れていた。明日、朱方さんにも一緒に行ってもらうから、そのつもりでいて」
「ではワゴン車を出しましょう」
俯いていたマスターが少しだけ顔を上げていった。
よろしくね、と雷雅がマスターに答え、本題に戻る。
「もちろん、この能力は使ってはいけないものだ。摂理を崩壊させれば、その綻びから世界が消滅する――だから朱方さん自身、それに母と僕、三人をヤツから徹底的に隠す必要があった。ヤツに捕まれば、どこかで特殊能力を知られてしまうかもしれない。朱方さんの話の中で大学卒業と同時に身を隠したってあたり、少し不自然だと感じなかった? ヤツは朱方さんを低く見ていた。実際、たいして朱方さんを探したようでもない。それなのに、身を隠すことに朱方さんはかなり神経質になってしまった。その理由がこれだ」
なぜ使ってもいないのに、母や僕、朱方さんにそんな能力があると判ったのか、それは話が元に戻るけど、母が記憶を映像化してリングに埋め込んだのと関係している。映像化は光を歪めるってこと、本来の力を応用しているんだ。
「試しにやってみようか?」
雷雅が後ろを向いて、フィッと掌を観葉植物に向けた。すると観葉植物にチューリップが咲いて、すぐ消えた。
「思ったよりも難しい、って言うか、パワーが必要……息切れしそうだ」
苦笑してコーヒーに手を伸ばす雷雅だ。チョコレート、出しましょうか? マスターがそっと雷雅に尋ねた。それには、『ううん』と笑顔で答えた。
「映像を出すなんて、必要がなければ絶対しない。陽だまりなら陽の能力を使っても外に漏れないからできるけど、他じゃできない。そもそも必要ない。で、一番怖いのが――」
「能力を使えば、陽の存在を影が検知するということ」
コーヒーを飲み干したひなたが、雷雅が言う前に横入りする。
「証明は不要だ、ライガ。キミの言葉を信じない影はここにはいない。無駄に体力を使うな」
「うん……」
「どうせ明日、その能力を使おうってわけじゃないんだろ?」
まぁね、と雷雅が苦笑する。
「それより、『ほとんどが嘘』について、もう少し説明して欲しいな」
「そうだね、ひなたさん。でなきゃ安心できないよね――朱方さんの兄、アキラの陽としての能力は強く、パワーの点では大きく朱方さんを上回っている。それは嘘じゃない。でも特殊能力を考えると、朱方さんのほうがずっと優位だ。朱方さんには予知というか、悟りと言うか……そんな能力がある。だからヤツに見付かっても捕まることなくスルーできた」
唸ったのは煌一だ。
「が、完全ではないようだな?」
「うん、思い通りにとはいかないみたい――大奥さまが襲われた時、一瞬の差で僕が検知したのは遠隔視じゃなくて、その能力が動いたからだ。そう考えると、僕としても納得できる」
「つまり、朱方さんでも明日、どうなるかは判らない」
「そうだね……母が言っていたけれど、すべてが見通せるわけではなくて、途切れ途切れに浮かんでくる。で、その途切れの狭間で変更点があると、先が変わってしまうとかって」
「早紀さんもそうだった?」
訊いたのはひなただ。うん、と雷雅が頷く。
「朱方さんと母は、かなり似た能力を持っていた。同じ日に生まれたからなのか、近くにいて感化しあったのか、そのあたりはよく判らないみたい」
「特殊能力って、突然目覚めることもあるからねぇ」
世間話のように言いながら、ひなたがポテトチップスを摘まむ。
「早紀さんと朱方さん、目覚めるまではお互い陽だとは知らなかったんだよね?」
「それが……朱方さんは多分そうだけど、母は気付いていたのかもしれない。はっきりそうとは言ってなかったけど、朱方さんを『特別な力に守られた人』って感じてて子どものころから憧れてたみたい。覚醒も緩やかで、いつ始まったのかも判らない。で、十八の誕生日に完了したんだって」
「はぁ、なるほど、雷雅の覚醒も同じような感じだったな――特別な力に守られてると感じて憧れた、それが初恋の誘因か」
ひなたの言いかたに雷雅がクスリと笑う。
「ひなたさんに言わせると初恋のロマンチックさも消えちゃうね」
龍弥が笑いを噛み殺し、煌一が顔を顰めた、マスターが口元を隠して俯いたのは、きっと龍弥と同じで笑いを押さえたのだろう。
「リングが僕に教えてくれたことで、話しておかなくちゃいけないのはこれくらいだと思う――ここからは、明日の具体的な戦いについて話そう」
雷雅がそう言い、皆それぞれに顔を引き締めた。




