三
「こちらです、櫻華様」
馬車から降りて一刻ほど、清浄なる気に満ちた山道を歩いていく。
櫻華はふと空を見上げた。蒼空に風流れ、木々の葉が音を紡ぐ。まさに言の葉、そんなふうにも思う。まるで葉が囁いているような――
陽に輝き、風に踊る木々――その全てがゆかしい。命に溢れている。そう感じる。
「――――」
櫻華は僅かに瞼を伏せる。掌に、指先に、桜の花弁がそよいで消えた。
「着きました、ここが私の家になります」
やがて、顕華が立ち止まった視線の先、竹垣に囲まれひっそりと佇む庵が見える。決して豪奢とはいえない佇まい――だが、そのことが櫻華に対する顕華の気持ちをよく表していた。
顕華が櫻華を「友人」と呼んだ通り、ここは顕華だけが使う離れ屋敷なのだろう。八部衆が一つ、竜が族の地には違いないのだろうが、竜の主――竜王が住んでいるような気配はまったくない。つまり、これは一族を含めた様々な思惑とは関わりないという顕華の気持ちだった。そんな純粋な顕華の気持ちは、櫻華にとっても好ましく感じられる――だけれど、
「…………」
竹垣の門から現れる影二つ。共に蒼の装束に身を包んだ女性――一人は短い黒髪に視線鋭い長身の、一人は長い黒髪に柔和な微笑を湛えた。
――刹那、
「――――」
一瞬の無音――だが、櫻華は動くことなく二人に視線を向けたまま自然に居た。
「成程……さすがというべきか」
長身の女が口を開く。
「お姉様方、お戯れもほどほどにしてください」
顕華は微笑み、そして、櫻華に向かい頭を下げる。
「申し訳ありません、櫻華様」
櫻華は無言で僅かに顔を横に振った。気にするほどではない。本気でなければ、どれだけ『気』を向けられても戦う気などおきない。ましてや、恐怖もない。
こうなると櫻華を誘うつもりで気を当てたにも関わらず、誘われなかった長身の女のほうがばつが悪い。それを自覚したのか、女は苦笑した。
「申し訳ありません、散華の子。ほら、摩那も」
「そうだな。悪かった、散華の娘」
隣にいた女に促され長身の女も謝る。櫻華は無言で受けながらも、二人の雰囲気が変わったことに気付いていた。鋭いものから、柔らかいものへと変わっている。警戒を解いた、というところなのだろう。逆にいえば、警戒されていたともいえる。散華の力に、そして、散華を使う自分に。
「非礼を許してください。改めて、私は和修といいます」
「私は摩那という。よろしく頼む」
優しい微笑と柔らかな空気を纏った長い黒髪の女性――和修。
静かな中に氷の刃を内に秘めているかのような瞳鋭き女性――摩那。




