三
――ポツ、ポツ――紅の雫を落としながら。
神楽は陽の閃光を浴び、外を見つめていた。穴倉のような奥の間より、やはり外が良い。
風が心地いい。成程、とも思う。親殺しとは案外――
(心地良いものだな)
と、神楽は思った。殺したいとは思っていた。一度しか経験できぬこと……どれほど面白かろう、と考えていた。それだけの愉悦はあった。少なくとも期待以上には。
戦いにもならないただの殺しだったが、『親』というだけの心の快はある。心の奥底が血溜りのように黒く重く淀み、そこに垂れている蜘蛛の糸を亡者の手が這い上がっていくような、そんなゾクリとした感触が全身を覆っている。
――が、それも暫くの事。返り血で熱くなった身体が風に当たり冷えていくにつれて、そんな感情も急速に無くなっていった。
その後は何事もなかったように、
「さて、風呂にでも入るか」
そう呟き、神楽はまだ乾いていない生々しい鮮血を身に纏ったまま、血の雫を落としながら廊下を歩みだす。
(そういえば、血を纏い、紅い雫を落す櫻華は艶やかだった)
成程、血にも種類があるものだ。櫻華が纏った自身の血は艶やかで鮮やかだった。それは、ほれぼれするほどに綺麗なものだった。まさに、紅に染まった桜花のように。
(逸れに比べ)
穢れた血では、血化粧にもならぬ。そう感じると、些かの快も血の温度とともに冷めていく。我が親ながら『その程度』にもならぬとは――
「神楽!」
つい半刻前と同じ声が聞こえてくる――が、その声の主は神楽の姿を見て、絶句した。
「おう、姉上」
何事もなく振り返る神楽に、声の主、神威は元々白い顔を更に白くさせ震える声で続ける。
「……なにを、していたのです」
「なにを? はは、そうだな」
神楽は笑った。優しく気の弱い姉。本当に哀れで可哀相とも思える。
この血が誰のものか知れば、果たしてどうなるか。
「――あら、神楽」
春風のような優しい声が響く。その暖かい声に、神楽は視線を向ける。
「神無姉上」
呼び、神楽は笑みと視線の形を変えた。神楽には姉が二人いる。神無は緊那羅の長女――いや、今はもう緊那羅が族の長になるか。
菜の花色の髪は神楽と同じだが、肌は白い。そして瞳は金色に輝いていた。鮮やかな紅の生地に彼岸花が花開いた艶やかな着物を纏い、穏やかに歩いてくる。ふわりと微笑み、紅に染まった神楽を見てもその笑みは些かも変わらなかった。




