一
豪奢な屋敷の門を潜り、菜の花色の髪に褐色の少女は懐かしさに浸ることもなく、迷いなく歩いていく。
姫様と声をかけられ、頭を下げる一族の者達に軽く手を振り――慕われているわけではないだろう、恐れられているのだ――面白くもなく屋敷へと上がった。埃も払わず、足も洗うことなくそのまま。礼など払う必要はない。ここは緊那羅が族の地。我が家なのだ。
神楽はそのまま歩いていく。さして、面白くもなさそうに。帰ってきたのは一月ぶりほどになるが、嬉しさはない。いや、元よりこの屋敷などに住んでいないこともあるが……
(姉上達はよくもこんなところに住めるものだ)
内でやや皮肉に笑う。屋敷は広いが窮屈で面白くもない――せっかく『外』は面白いことになっているというのに。
八部衆――派手に動いているのは夜叉だけだが、他の族も水面下で動いていることは明白だった。だが、これからは違ってくる。傍観を演じて来た他の族も大きく動き出すだろう。
(散華の術者、櫻華が世に知られた)
ぞわっと血が沸き立った。面白くなる。世が乱れる。
傍観なんぞを決め込んでいたら『興』に遅れる。それは、我慢ができぬ。
(そうであろう、乱世の始まりに生まれたのであれば)
そこで死ななくて、どこで死ねというのか――
「――神楽っ!」
足早に歩いていた足を止め、神楽は声をかけられたほうへと振り返った。
「おう、神威姉上か」
長い黒髪に白い肌――よほど神経を使っているのか、やや病的に映るその姿を哀れにも感じる――綺麗で儚い細い身体。心配な気配をその瞳に宿し、優しく、だけれど姉として叱るように語りかける女性――神威は清楚に整えられた着物を僅かに揺らし神楽に近づくと言葉を続けた。
「神楽……一体なにをしていたのです」
「なにを、とは?」
「人間の学び舎に通っていると聞きました。貴女も分かっているでしょう。何故、こんな時に人間のところになど……」
「遊びに」
「え?」
神楽はにこりと微笑む。
「戯れに、遊びにいっていた」
「……神楽、ほどほどになさい。貴女は我が一族の姫。貴女の一存は我が一族の一存にもなります」
「ははっ」
神楽は笑った。この姉は何をそんなに心配しているのだろう。一族の立場が悪くなること――滅ぶことを怖がっているのだろうか。
(それならば、滅んでしまえばいい)
面白くなければ、滅んでしまえばいい。『その為に、ここへ帰ってきた』。
「心配性だな、姉上は」
神楽は笑ったまま、歩みを始めた。
「待ちなさい。何処へ行くのです、神楽!」
「父上に報告を――顔を見せるのも孝行になろう」
「……そうですか」
「では、また後で。姉上」
神楽は頭を軽く下げ、そのまま歩いていく。迷わず、惑わず。
顔に微笑を浮かべたまま、神楽はただ歩を進めた。




