二
――また会おう、櫻華。
言葉短くそれだけを伝え、神楽は学院から、櫻華の前から姿を消した。
窓の外へ視線を向け、蒼天の陽に目を細めながら櫻華は新緑を纏った桜を見つめた。すでに花弁はない。
始まったのだ、次の花弁を咲かすための準備が。季節は巡る――そして、それは遡ることはない。
一ヶ月にも満たない神楽の在籍。その存在の話題も――二人を除いては――忘れかけた頃。
だけれど、妙月櫻華の存在は忘れられず、櫻華自身は変わらずともその存在は日々重いものと変わっていった。
移ろい易いのは世に漂う人の念。だからこそ、櫻華は孤独となり、だからこそ、櫻華も一人を望んだ。不変であること――そのことに変わりはない。
魔を滅さず輪廻に返す。破魔より高位とされ正統とされる散華が術。その使い手である櫻華。櫻華自身、その意は分かっている。
教師も生徒も関わりあいを避ける中、櫻華は葉桜となった木々を見つめる。
桜は一年後の花咲きに向かい、その準備を始めた。果たして自分は何を準備し、何に向かうのか――
季節はもうすぐ小満の日となる。万物が育ち実を結び、陽気盛んに満る――果たして自分は?
「…………」
桜花は常に共に在る。それを舞い散らせる場所は何処か――
櫻華は桜の木々を見つめる。そして、それは遠くない日だということを感じていた。
「――ぁ、あの、妙月さん」
朝、教室へ向かう途中。廊下で櫻華を囁くような声で呼び止めたのは、担任でもある小折芹奈だった。
こうして声をかけられるのも久しい。そんなことをどこかで感じながらも櫻華は――常と変わらず――振り返り静かな視線を向けた。
「っ、え、えっとね。実は妙月さんに会いたいという方がいらっしゃっていて……」
櫻華の視線に戸惑いながら、芹奈は続ける。恐れの瞳と声――自分という存在を改めて認めながら櫻華は芹奈の言葉に返事を返し頷いた。
「……はい」
「う、うん。それでね、応接室に来てほしいの。場所は、えっと、分かるよね?」
「はい、大丈夫です」
「そ、そう。じゃあ、お願いね」
それだけ伝え、芹奈はすぐに櫻華から離れ、教室へと足早に向かった。そのことにはあまり深く考えず、櫻華はスッと歩みを進めた。櫻華の歩くところ無音が訪れ、人から避けられる廊下を進む。
――来たか、と櫻華は胸中で静かに呟いた。考えていたことだった。散華というものが世に出た以上、どこからか接してくることは避けられないことだ。それだけの影響が散華にはある。芹奈には――怯える相手に長く話すのは悪いと思い――深くは聞かなかったが、果たして自分に会いに来たのは魔を滅し国を護る破魔護法か、それとも――
「…………」
櫻華は歩いていく。常と変わらず、自然に静かに――その身に散桜の気を纏ったまま、歩を進めていく。
その後姿を、櫻華の教室の委員長でもあり学生会長でもある、忘れられた神楽の存在を今も胸に重く刻まれた少女、四埜宮巴が見つめていた。




