十五
風が止んだ後も二人はその場へ佇んでいた。
桜の花弁も全て消えている。戦いの気配はなくなり、静寂の間にも陽の暖かさと柔らかな空気が満ち、季節の匂いと音が戻っていた。
「――ふむ」
神楽は気を抜き、多分に落胆しながらも笑った。
「邪魔が入ったようだな。今日はこの辺にしておこう」
櫻華は無言。だが、『邪魔が入った』ことは櫻華にも分かっていた。
「これ以上すれば、互いに死ぬまでやりかねん」
同意を求めるように、とはいっても同じ気持ちであることを疑うこともなく爽やかに笑い、神楽は言葉を続け、
「まだその時ではないからな。戦うには、相応しい時と場がある」
もう遊びは終わったとばかりに、何事もなかったようにゆっくりと歩き出した。死は望むところだが――しかし、ここではやはり興に欠けた。やるならば、二人で存分に死合いをしたい。それを願って――
櫻華へと向かい歩きつつ、神楽はなおも言葉を次ぐ。
「いずれ、死合う時が来る。その時、お前が死ぬか、それとも、わしが死ぬか」
視線を合わせることも、立ち止まることもなく、神楽は櫻華の横を通り過ぎ――
「楽しみだな、櫻華」
櫻華の背にそれだけ言い、屋上の入り口へ向かって歩いていった。
櫻華は見送ることも無く、無言で神楽が去るままにしていた。
あれだけの事があったにも関わらず平素と変わりなく佇み、ゆるやかに流れ始めた穏やかな風に吹かれる。
サァ――と、黒髪を靡かせ、服をたゆませ、神楽が来る前に戻ったように、櫻華は顔を上げ蒼天を見つめた。
そこには――
深深と雪の如く、一片、また一片と、
再び桜舞い、櫻華の元へと散り始めていた。




