十三
言葉無く、櫻華は静かに腕を下ろすとすっと身体を直した。常と同じく自然と立ち、戦う前の身体を整える。それは、櫻華のいつもの構えだったが――ただ一つだけ、左腕だけは肘から下が無くなったかのように不自然にだらりと落ちていた。
――トッ
地面に雫が落ちる。腕に流れる紅の雫――だらりと落ちた左腕からではない。塞がっていた右腕の傷が開き、じわりと浮く真赤の花を服に咲かせていく。
傷のことは気にしなかった。痛みすら気にしない。身体が動くことに問題はない。動けばそれでいい――
「…………」
だが、左腕の感覚が麻痺していた。指に力を入れようとするが、曲げることすらできない。骨は折れてはいないとは思うが、ヒビは入っているかもしれなかった。
(……まだ使える)
すぐには使えないだけだ――折れてさえいなければ、時間が経てば使えるようになる。そう考え櫻華は視線を上げた。亀裂の入った床の中心にいる人物、桜が舞っている中に立つ神楽へ向かって。
「――本当に大したものだ、お前は」
ツツッと落ちていく紅の雫――左腕に流れていく血へと視線を落とし、神楽はにっと笑う。
ほんの数秒前まで戦っているのが嘘のように綺麗だった神楽の着物は――櫻華と同じく、切り裂かれた左肩から流れる血によって鮮やかに咲いた花のように紅に染め上げられていた。
「腕を捨て、わしの心蔵を狙い術を放つとはな」
神楽の右拳と櫻華の左腕が触れたあの一瞬――あの一瞬で櫻華は退くことをせず、腕が折れることを厭わないまま掌底を打ち込み、なお瞬間に心臓に向かって術を施したのだ。それに気付き、神楽は左腕を振りぬき櫻華を弾き飛ばしたが、完全に術を逸らせることはできず左肩を切り裂かれた。
(わしもまだまだだな)
流れる血に指で触れ、その熱い鮮血に目を細めると神楽は嬉しそうに内で呟いた。
つい、興に夢中となってしまった。囚われ、目の前の娘との戦いを少しでも延ばそうとし、すぐに壊すのを僅かでも躊躇った。お陰で攻めも守りも半端となった。櫻華の腕を潰すことも術を逸らせることもできなかった。だが、軽い悔やみと共に、更なる喜悦も生まれる。




