七
白峰学院は名門だ。廃れたとはいえ、それは周りも認めていることだったし、学院にいる教師や学生たちも少なからず自負していることだろう。三百年の歴史を持ち、防人育成学舎としては国でも五本の指に入る名門学院。確かに、最近は歴史を重宝されるだけで新しい進学校に押され気味で、その為、広く入学者を求めたというのはあるが、それでも名門というのには変わりはなかった。
そして、識神楽の苗字である「識」家。数ある名家の中でも最も高位にある八大名家の一つ。
名家の娘が来るとは聞いていたが、それほどの人間が来るとは学生たちも考えていなかったし驚くのも無理はなかった。何故なら、政府とも深い関わりのある八大名家の人間はすべて家で教育されることになっており、外で学ぶことなど、ましてや一般の学院に入ることはまずない。更にいえば、魔と戦うことを目的としている防人育成学院などにわざわざ入学する必要も、意味もなかった。
白峰学院の格式というと少し仰々しいが、伝統と歴史だけを考えれば有り得ないことではないかも知れない……が、敷居を下げてまで学生を広く募集するようになった現状を見れば、名門とは認めつつも誰もが以前のような威厳は残っていないことは知っていた。
そんな学院に転入してきた識家の娘――異邦人と見えてしまっても、それはしょうがないことだった。
異邦人を見るような、そんな学生たちの視線を受けながら芹奈から促され用意された席――櫻華の隣の席へと神楽は歩いていく。
櫻華は黙ったまま、自分の隣の席へと来た神楽を迎えた。椅子を引き、座る前になって神楽もようやく櫻華へと視線を向ける。
「これから宜しく頼む」
「――うん、宜しく」
少しだけ笑みを浮かべ……先ほどの苦笑とは違う友好的な笑みを浮かべ一言いった神楽に、櫻華も短く一言だけ答えた。ただし、櫻華は笑みを浮かべていなかったが。
(鈴のような語韻だな)
静かな中にも、凛とした透き通った音色を響かせるような――そんなことを考えながら神楽は席につき、もう一言だけ口を開いた。
「名は?」
「……妙月櫻華」
「そうか」
会話ともいえないそれだけの言葉を交わし、それ以上の話は必要がないように話を終わらせた。
――暫くの沈黙の後、授業前の芹奈の話が始まる。
雲一つない蒼天から陽の閃光が差し込んでいた。その光を窓から受けながら、神楽は一度だけ櫻華に視線を向ける。
ここからでは外の桜は見えない。だが、桜の木々は見えなくとも隣には一片の桜花が在る。
(さて、果たして――)
内心で呟き、神楽は視線を元に戻す。退屈がなくなるかどうかはまだ分からない。
だが今は、とにかく隣の櫻華を静かに眺めることにした。




