二
櫻華は蒼天を見つめ、桜の舞う中一人佇んでいた。むろんのこと、屋上までこれだけの桜花が昇ることはそうはない。櫻華が舞わせているのだ、桜の花弁を。
(散華を使いこなしつつある、か)
今までも相当な使い手であったことは疑いない。が、更にもう一段深まったように感じる。
(とはいっても)
神楽は内で苦笑する。相当な使い手、というのは正確にいえば少し違うだろう。
相当な使い手とはいっても、比べる者はいない。散華を使えるのはただ一人――櫻華しかいないのだ。もしかすれば他にもいるかもしれないが、知らなければ意味は無い。探すつもりもなく、何より人の世のことは、人の底のことは知っている。人の底が、たかが知れていることは。知るまでも無いことは、すでに知っている。だからこそ――おそらくは散華を使えるのは櫻華くらいだろうということも分かっている。こんな人間は二人といないだろう。
(散華の娘――桜の子)
散華に選ばれたのではなく、散華を選んだ。ただただ、自らの死に様のために。綺麗な逝き方のために。
この少女は、死ぬ為に散華を身に付けた。いるはずもない――死に方だけのために生きている人間など。でなければ、自分がここに居る意味は無い。だが、それは幸せなことでもあった。
生が面白くなり、目の前の娘のような者が現れたのだから――
(ただ一人の散華の術者――妙月櫻華)
櫻華は変わらず桜花を舞わせている。こちらのことは気付いているだろうが、変わりはない。術を使っているというのに、櫻華は自然そのものだった。なんの気負いも無く、花見をするように自身の桜を見つめていた。おそらくは、『術を使っている』という意識すらないだろう。
さらさらと風の流れるに任せ、黒髪と服、そして、桜を弛ませている。
(まるで、天地に自分一人しかいないような……そのような姿だな)
「櫻華――」
桜舞う櫻華の視線を受け、神楽はぞくりとした。
戦いによって研ぎ澄まされてきている――その名刀の煌きのような瞳と、えもいわれぬ透き通った空気。
(本当に、退屈せぬな)
――果たしてこの娘、どこまで行くか。
だが、心の昂揚は押さえ、神楽は勤めて冷静に語りかけた。
「お前を探していた」
相変わらず櫻華の返事は無い。だが、それでも気にせず神楽は話を続けた。
「わしと共に来い」




