二十二
櫻華の答えはない。紅の装束を身に纏ったまま、神楽へと視線を向け、変わらず自然でいる。
その姿の綺麗さ、艶やかさに魅かれ、しばらく見ていたいという情が思わず生まれるが……それは、我慢して神楽は言葉を続けた。
「お前なら、あいつごときは倒せるだろう。だが、ここで助けてやらねばわしを信用してくれそうにもないからな。だから、退け」
なお、櫻華の答えは無い。『あいつごとき倒せる』と言われ、女が歯を食いしばったようだが手を出してはこなかった。そのことに心で苦笑しつつ、すぐに視線を鋭くすると、神楽は戦いに臨む笑みを浮かべ最後に言った。
「今のお前なら、わしが勝つぞ」
(――とは言ったが)
櫻華と対峙し、神楽は心の内ですぐに付け加えた。
(今のあやつの状態では五分か……いや、『今のあやつの状態だからこそ』五分かも知れぬな)
戦の一文字に染まっている櫻華。まるで、刀そのもののような……
(戦えば、どうなるか)
面白くもあり、楽しみでもある。
だが、些か興には欠ける。宴には宴に相応しい場と時があるだろう。
(なあ、櫻華)
親しみを込め神楽は心で呟き、続きは静かに口を開いた。
「ここは、まだ戦う場ではなかろう? それを分かっているのなら、退け」
櫻華はしばらく神楽を見つめ――やがてふっと力を抜くと全身の気を抜いた。
「……それでいい」
神楽も身体から力を抜き、いつもに戻ってにっと笑った。
「さあ、お前も退け。命がおしいのなら、この娘、櫻華には二度と近づくな」
櫻華から視線を外して告げると、漆黒の女は二人を睨み続けたまま、憤りを込めて呟いた。
「……忘れんぞ、緊那羅の娘……散華の術者」
そして、森の中へと飛び退ると、夜叉族の女は陽の当たらぬ闇へと姿を消した。あまりの捨て台詞にまた苦笑してしまう。まあ、力の差は分かっただろうしすぐには手を出してこないだろう。
櫻華も無言のまま術衣を翻させると、血を落としたまま学院へと歩き始めた。戦わなかった安堵と、戦えなかった不満を半分ずつ持ちながら、とりあえずは神楽も櫻華の後へと続いて歩き出す。
時は流れ、季節はうつろう――
陽が落ち始めた紅の空に桜は舞い散り、季節を巡って咲く次の朝に向かって準備を始めていた。




