六
「み、皆さん、おはようございます」
予鈴の後、いつもよりも少し早い時間に担任である小折芹奈が緊張した面持ちで教室に入ってきた。
芹奈に挨拶を返しながら、それぞれに席をついていく学生たち――が、中央の教壇へと歩いていく芹奈を見て一斉に教室が静寂に包まれた。いや、正確にいえば芹奈の後ろにいる菜の花色の髪をした少女、噂の転入生を見て。
――その時、一瞬だけ櫻華と転入生の視線が合った。偶然ではない、お互いに意識して。
「…………」
が、それ以上のことはなく、互いに視線を逸らす。櫻華は窓の外へ、転入生は教壇の横で立ち止まり教室の学生たちへ。
転入生は学生たちの視線を受けながら、泰然としていた。深い紅の瞳は静かな落ち着きと共に凛とした鋭さを宿し、陽に焼けた肌は精気に満ちた活発な印象を受けるが、その立ち居は森林のような涼やかな清清しさが在りつつも深深としてそびえ厳として重厚な霊峰の如き雰囲気がある。
静と動、柔と剛。日月、陰陽、それぞれに違う二つを併せ持った不思議な空気。それに満たされた教室――そう、知らず一瞬で場を圧されたまま学生たちはただ黙って転入生を見つめていた。
「あ、あの、もう皆さんも気づいていると思いますが、転入生を紹介しますっ」
数秒の後、沈黙に耐えられなくなったように芹奈が口を開いた。慌てて振り返り、横に居る転入生へと話を促す。
「え、えと、識さん。自己紹介を……」
「――うむ」
目を閉じて頷くと、転入生は少しだけ微笑んだ。だが、その微笑が魅力的ながらも友好的に映らなかったのは教師である芹奈の態度に苦笑したからだろう……と感じたのも教室の中では櫻華だけだったが、ともかくも転入生は目を開け、こちらを注目している学生たちにもう一度視線を向けると落ち着いた声音で自己紹介をした。
「識神楽という」
静かなる大河のような声音が滔滔と教室の隅まで流れる――その自信の在る揺ぎの無い響きに、教室の空気がまた変わった。いや、もっといえば少女、神楽の発する声だけではなかっただろう。それよりも確実に意識を変えられたものがある。とはいえ、それでいても尚、ざわめきすらでなかったのは、転入生、識神楽が発する雰囲気のせいだろうが。
「宜しく頼む」
だが、そんな学生たちの動揺を気にすることはなく、神楽は一言だけそういって挨拶を早々に終えた。




