十八
無言のまま櫻華は見つめる。姿だけでは魔は判断できない。魔はどのようにも変化できるといわれている。人の姿にもなれる以上、見た目だけで魔じゃないとはいいきれなかった。だが、女は魔ではないと櫻華はすぐに判断した。理屈じゃいえないが、感覚が魔ではないと感じていた。魔ではない……が、女は人間でもない。これも感だが、人を感じる気配ではなかった。
魔でも人でもない。ましてや、妖精や妖怪、天女でもない――しかし、
(――要らざること)
櫻華は思索を止め――とはいっても、元より頭の隅で考えることもなく考えていたことだが――一言のもとに断ち切った。全て要らざることだ。そんなことは櫻華にはどうでもよかった。誰であろうと、何であろうと意味はなく、関心もない。女の正体などどうでもいい。今の自分にとっては。
「散華の術者か。まさか、あれだけの魔を倒せるとは思っていなかったが、その傷ではもう満足には動けぬだろう」
漆黒の女は、櫻華がどう在るかに気付くべくも無く言葉を続ける。いや、あるいは気付いてはいるのかも知れない。しかし、女は話を続けた。その気を変えることなく、自身の優位を疑うこともなく……話をするという悠長なことをした。かといって、例えどう動いたとしても櫻華には関係のないことだったろうが。
「ここに来るべきではなかった。貴様はここで――」
ザッ――と、櫻華は駆け出した。一瞬で間をつめ、漆黒の女に向かって飛び上がる。
「っ!? 貴様っ!!」
叫び女が構えようとするが、すでに遅かった。社の手すりを足場にもう一段高く飛び上がると、櫻華の右の回し蹴りが女の顔を吹き飛ばし、くずれた身体に左蹴りが入り地面へと叩き落とす。
「っ……ぐっ!」
派手な音を立てて社の横へと転がる女に向かい、櫻華もトッと舞い降りた。
「貴様っ――」
歯を食いしばり、女は身体を起こす。こんなことが起こるはずが無かった。この散華の娘がたとえ傷の無い万全の状態でも勝てるつもりでいた。それが、この致命傷ともいえる傷で、これだけの動きと力を出している。
「たかが――っ」
女は憎悪の唸りを上げ、息を止めた。散華の娘、櫻華の視線に。その瞳に。
女を見る櫻華は無言であり、そして、無心だった。
その瞳には一点の曇りも無く澄み、そして、何も映ってはいない。




