十六
全てが静寂に包まれ、沈黙が支配していた。誰も声を上げることなく、櫻華をただ呆然と見つめている。
神楽は心底愉快そうに笑みを浮かべ、口をほころばせた。これほどとは思わなかった。才も力も器も、あれだけの相手をしてもまだ底が知れなかった。
櫻華は無言で歩いていく。自分の方へ――神楽へと向かって。
神楽も無言。ただその顔に笑みだけを浮かべたまま、櫻華へと視線を向けている。
一歩、一歩と櫻華は歩を進めた。紅と染めた血の装束を纏い、桜とともに、桜花を舞わせ。
(なおかつ戦おうとするか、まだ)
櫻華のその姿に、神楽は胸中で再度呟いた。
一歩、一歩と櫻華は歩き続けた。神楽との距離は、一丈にも迫っている。
神楽は声をかけることも無い。桜舞の礼でも言わなければならないかとも思うが、後でもいいだろう。
(全てが終わった後でも――)
トッと、櫻華は一歩踏み出す。
――そして、櫻華は神楽の横を通り過ぎた。その視線を先へと向けたまま。神楽は笑みを浮かべたまま振り返り、同じように視線を向けた。櫻華の視線の先にあるもの、学院の裏にある山へと。
(本当に面白い奴だ、お前は)
戦いの中で『あれ』に気付き、今だ戦おうとしている。
サァァ――――
風が変わる。もう魔特有の瘴気ともいうべき闇の冷たさも死の空気もなくなっていた。
桜が舞い、いつもよりも暖かな春の陽気が射している。その柔らかさや暖かさは櫻華の桜のせいだと気付いたのは神楽だけだったろうが、ともあれ、散華の花弁はまだ咲き誇り舞い踊っていた。
そんな中、櫻華は山を見つめ――桜と共に一気に駆け出した。その背を見て、神楽も一緒に駆け出す。櫻華の後を追うように、桜の中を駆け山へと向かって。
二人の背中を、皆呆然と見送るしかできなかった。動くこともできず、沈黙だけが続いている。
ただ桜のみが学院の中を舞い、平穏の訪れを伝えていた。




