五
「…………」
一瞬、視線だけを向ける。自分の遠く後ろ、そこに神楽が立っていた。いつものようににやりと笑ったまま、こちらを見物している。が、そのことに関しては特に気にすることなく、向かってくる槍に対して櫻華の身体は反射的に動いていた。自分の左を突き抜ける槍の風を感じながら、鎧武者に向かって地面を蹴る。
動きがまったく衰えないまま一体の鎧武者の横を通り抜け、次々と打ち込まれてくる刀や槍を櫻華は左手と身体の捌きだけで流しかわしていく。
「――っ」
鋭く息を吸い、振り下ろされた刀を足代にして飛び上がり、鎧武者の顔へと回し蹴りを入れてから背中へと降りる。これくらいでは傷を受けないだろうが、一泊でも間が空けばこちらの呼吸と間合いを整えることができる。早期決着を考えていても、櫻華は焦ってはいなかった。
「――急いで! 教師は準備を――」
だが、遠く聞こえる微かな声に、櫻華は僅かながら鬱勃たる情を起こす。焦ってはいなくとも、別の気がかりが出来始めているのも確かだった。
神楽の事は元より気にしていない。だが、さすがに学舎内に騒ぎが広まりつつある。手を出さずに傍観していれば助かるが、もしこの場に来るようなことがあれば厄介なことになりかねなかった。
タンッと一歩間合いを空け、目の前を通り過ぎる太刀を待つこともなく櫻華は右から繰り出される槍に身体を半回転させ――
(……もし)
瘴気と殺意の満たされた戦いの最中、足を滑らせ自身を舞わせながら、櫻華は静かに内で呟いた。
もし、この場に来たらどうするか――
もし、共に戦うなどといいだしたらどうするか――
様々な事が頭に浮かぶ。どういう形であれ、面倒なことには変わりない。逃げてくれるのが一番いいが、そうはいかないだろう。防人を育てる立場なら、防人を目指す立場なら――
「――――」
刹那、櫻華の心に何かがふっと落ちた。すっと鋭く息を吸い、時が止まったような感覚に身を委ねたまま、全てを無にしていく。




