三
外は死の匂いに満ちていた。陽は射していても空気は黒く、荒ぶ風は音をたてる度に体温を奪い神経を凍えさせていく。湿り纏わり付いてくる絶望の気配は息を吸うたびに肺を侵し、ゆっくりとよどんでいく心臓の音に身体が重く脱力していった。
「…………」
黒髪をなびかせ、櫻華は伏せた瞼を開け静かに視線を向けた。
目の前に居る、唸り啼いている十体の漆黒の鎧武者に。
ォォォオオオオォォォオォ――――
風の声か、鎧武者の声か、それとも別の――生者を招く死者の声か。それは分からないが、耳に何かの声がこだましていく。だが、死の空気も、死者の声もどうでも良かった。わざわざ招かれなくとも、その覚悟はいつでもある。
櫻華は一歩踏み出し、ゆっくりと歩き出した。
鎧武者は動かない。こちらを見下しているのか、余裕なのか、些細な慈悲なのか。微動だにしないまま、まるで小さな少女を迎えるように立ち尽くしていた。
一目、というとおかしいかもしれない。姿としては、以前に現れた鎧武者とそう変わらない。巨大な姿も、漆黒の鎧も、手に持った太刀や槍もほとんど変わらなかった。だが、どちらが強いかは一目で分かった。いや、もっと正確にいえば見る前から感じていた。外に死の空気が満ちた時から。以前の鎧武者よりも一段、または、二段……いや、三段は強い。
並ぶ鎧武者の中心へと櫻華は立ち止まる。向かい合っても、お互いにまだ構えすらとっていない。
オオオォォオォオオオオオ――――!
――刹那、鎧武者の懐へと押し出すように櫻華の背中へと突風が吹き荒れた。と同時、櫻華の正面に居た三体の武者が刀を振り上げ、一斉に打ち込んでくる。
櫻華は僅かに手を開いた――無音の中、その手より一片の桜の花弁が風に舞い上がる。
ガゴォッ!!
振り下ろされた刀は地面を抉って動きを止めた。その時には、すでに櫻華は宙を舞っていた。そのまま、トッと動きの止まった刀の上に爪先を付け、もう一度鎧武者の顔に向かってふわりと飛び上がる。
オオオオォォオオオッッ――――
が、その時には死の声を響かせ、別の鎧武者が櫻華へと槍を突き上げてきていた。
瞬間、力を抜き、右から突いてくる槍の勢いに合わせて櫻華は身体を僅かに捻らせた。袂を破りながら右の脇を通り抜ける槍の勢いにそのまま合わせ、身体を回転させて手の平でばっと槍を押す。
押した反動で間を空けながら、地面に足をついた瞬間、櫻華はなお距離をとる為に後ろへと退き――
ゴォッ!!
追い討ちで打ち込まれた巨大な刀を手の平で流すように紙一重で捌き、円を描きながら足を滑らせ鎧武者の気配を感じ取っていった。すでに、十体同時に動き出している鎧武者一体一体へと意識を向けていく。だが、もちろん十体同時に相手など出来ないし、相手も十体同時に攻撃は出来ないはずだった。こちらが動きを止めない限りは。
振り下ろされる刀を身体の捌きだけでかわし、突き出される槍を半回転して避けながら、櫻華は間合いを測っていく。相手の攻撃を狭め、こちらの間合いにする方法は一つだけだ。
相手の懐に入り、近接すること――そうすれば、他の相手は攻撃出来難くなる。




