一
夜陰に紛れ、一人の女が森の中に立っていた。
月が出るのが遅い更待月――夜が深くなって出てくるこの月も今はその姿を見ることはできない。刻が早いわけではない。子の刻は当に過ぎている。それでも月が見えないのは――どうということはない、月は雲に覆われているだけのことだ。
そんな月光も洩れる事のない暗雲の空。
その闇更に深い深奥の森は一点の光なく無明に包まれている。この闇では一寸の先も見えず、歩くことすらままならないだろう――普通の人間であれば。だが、女は闇を気にすることなく、日常と変わりなく木々の中を歩いていき、そして、社の前へと立ち止まった。
――散華が相手ならば、それなりの準備が必要だ。前と同じでは駄目だろう。
手を振り上げる。結界の調べをしているらしいが、意味の無いことだった。すぐに修復できない以上、壊すほうが容易い。
バキッ――
静かな森に無機質な音が響き、社はあっさりと真っ二つに割れた。
後は、二つか三つか……それで十分だろう。あまり派手にするわけにはいかないが、それでも防人でさえ敵わない相手だろう。
舞台は整いつつあった。開幕であり、そして、終幕の舞台が。




