十一
神楽と話せば、あの時の……魔との戦いのことを思い出してしまう。それは、櫻華のことを思い出してしまうのと一緒だった。それを分かっていても神楽へと話しかけずにはいられなかった。自分の……そう、自分への言葉を否定するためにも。
「なんだ、おまえか」
神楽は紅の陽を浴びながら窓の外の桜から視線を外し、一瞥してからさして興味もなさそうに呟いた。その表情を見て、また心に迷いが出てくる。
興味がないのだ、自分なんかに……。最初から、会ったその時から、ただの一度も。だから、組み手で手加減され遊ばれていた。話に応じているようでいて、応じられてもいなかった。そう……よくよく考えてみれば、気付くことだったのだ。
(識さんが、妙月さん以外の人の名を呼んでいなかったことに……)
「……識さん、私は」
それでも言葉を続ける。いや、言葉を続けずにはいられなかった。
「妙月さんを何もないとか……下だとか思ったことなんか」
「くだらぬ」
再び呟いた神楽の一言に、巴は言葉を止められた。
「くだらぬことだな、まったく。狭く縮こましいことだ」
桜へと再び視線を落とし、神楽は言葉を続ける――嘲りを含んだ声と、表情で。
だが、嘲られてると分かっても、巴は憤りを持つことはできなかった。
「勿体無い。泥水の蓮とはいうが、花はやはり綺麗に咲かせるのが一番良い。泥や雑草などに埋もれさせるべきではない」
神楽の言葉の真意は分からない。だが、一つだけはっきりしていることがある。
(……興味がない)
やはり興味が無いのだ、私に。いや、他の学生にも学院にも……そう、それこそ雑草のように関心がない。ただ一人、妙月櫻華という少女以外には。
だから、憤りを持つこともできなかった。相手にもされていないのだ。こちらが憤りを持ったとしても何の意味も無かった。
「識さん……」
桜を眺める紅に染まった神楽の横顔を見つめる。もう言葉を続けることはできなかった。いや、言葉を続けようとも思えなかった。
聞いてはもらえない、応じてはもらえない言葉を続けることなど。
「花は陽に当ててやらねばな――綺麗に散らせるためにも」
誰に言うとも無く神楽は呟く。
愛おしむように桜を見下ろすその瞳は何を宿すか――
神楽の瞳は陽の光に爛と輝き、煌く橙の髪は風にそよいでいた。




