九
研ぎの業でいえば、これも当然のことながら老人のほうが上だろう。しかし、業で劣ろうとも、研ぐ者によってその光は自ずと変わった。例え、同じ小太刀であっても、その洗練さは、凛とした煌きは如実に現れる。姿勢によって、心の在り様によって。
「…………」
櫻華と同様に刃紋を見つめること一時――すっと静かに刀身を下ろすと老人は満足そうに最後に一度だけ頷き穏やかに微笑んだ。
「良い光じゃ。もうわしが教えることはなさそうじゃのう、お嬢」
「ありがとうございます」
返される刀を両手で受けながら、櫻華は頭を下げた。そして、愛おしむ様に刀を抱き、見つめる。
「一年――大したものじゃ。お嬢なら、このまま磨けば一流の研師にも成れるじゃろう」
その言葉に櫻華は刀から視線を外し、老人を見つめた。そして、少し目を伏せながら、
「……それもいいかも」
と小さく呟いた。
「はっはっ、そうか」
櫻華の言葉に老人は笑った。が、すぐに笑いを止めると、穏やかな中にも厳とした語韻を宿しながら、何もかも分かっているように櫻華へと言う。
「しかし、そうもいかぬじゃろう」
「…………」
暮れ始めた陽が研場を朱に染め、山からの涼やかな風が僅かに入ってきていた。清廉な深とした空気が部屋を満たし、ただ遠くからの鳥の声だけが響いている。
寂として静謐。今ここには何の穢れもない。
不思議なものだ、と老人は思った。刀を抱く櫻華を見つめ、刀身に写る閃光に目を細める。櫻華には一片の迷いも曇りもなかった。力を使うことにも惑いはないだろう。
風を感じるまま少し俯き、目を伏せて刀へ視線を落とす櫻華。
――だが、人の念というものはこうも厄介なものか。様々な心が知らずに自分を穢すこともある。
「お嬢」
静かに呼びかけると、櫻華は顔を上げて老人を見つめた。何よりもこの少女自身が分かっていることだろう。だからこそ、刀を――自身を研ぎに来た。
「研ぎ続けなさい。研ぎ続ければ、芯が真ならば、いくら汚れようとも光は戻る」
「……はい」
「真っ直ぐであればよい、お嬢。お嬢の刀は曇ってはおらぬ」
「はい」
櫻華は老人を真っ直ぐ見つめ返事をすると、すっと背を正した。
「ありがとうございます」
頭を下げ、そして、もう一度刀を優しく抱き見つめた。
紅の陽は刀身を染め、煌き強い閃光を放っている。




