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櫻華の桜  作者: shio
第三章 散華
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 ――しゅるりと紐と解き、櫻華は鞘を軽く握ったまま小豆色に無地の刀袋を下ろし、柄を出す。次は柄を握り袋をすっと下ろし、小太刀を刀袋から取り出す。刀袋をたたみ、小太刀を持ち直し、目釘抜で目釘を抜く。


 ――ィン


 鋭く澄んだ音を鳴らし、小太刀を抜く。

 柄、はばきと外し――櫻華は小太刀の拵を付けていない為、切羽、鍔はない――刀身を取り出す。


「ふむ……」


 幾度となく見てきた、見慣れた所作。老人は櫻華のその所作に小さく頷いた。

 教えたわけではない――もちろん、手順は教えた。が、その所作までは教えたわけではなかった。教えられるわけもない。その所作を、姿勢を――心の在り様を。

 一連一連の動きがの風ように水のように流れ、舞のように納まる。が、それは優雅とは程遠く違うものだった。夜の月の深々とした積雪――張り詰め身が引き締まる、といっても決して圧はなく自然とこちらの姿勢まで整うのは、櫻華が身に纏う空気によるものだ。

 櫻華の心の在り様、刀に向かう礼に。


「――――」


 軽く指先に水を触れさせ、一心に自らの小太刀を研ぐ。その櫻華の額や頬にはうっすらと汗が浮かんでいた。それを見つめながら、老人は静かに口を開いた。


「最初、お嬢から刀を研ぎたいと聞いた時は驚いたものだったが」


 櫻華の刀を研ぐ姿からは目を離さず、感慨を込めて言う。防人の教育課程で武術があり真剣を使う以上、学院に研師がいるのは当然のことだった。何時いかなる時に研ぎが必要になるか分からない上、その都度一つ一つを研所へと持っていくわけにもいかない。何より、武具の精度は命にも関わってくる大事なのだ。なので、防人学院にはそれぞれにお抱えの研師を雇うことにしていた。

 防人を目指し入学し、しかも専門の研師がいるにも関わらず自らの刀を研ぎたいなどという女学生など居ない……だが、櫻華は入学してからすぐに研ぎを学びたいと老人を訪れた。


「出会って一年――」


 老人はそこで言葉を止めた。月に五回ほどだったが、櫻華は老人の元へと通うようになった。その間、老人はこの言葉少ない少女をじっと見てきた。

 最初の印象と変わらず、静かに、ただ真っ直ぐに刀を研ぐ櫻華。


(ふむ……)


 老人は櫻華を見つめたまま、胸中で頷く。

 刀に向かう姿勢――真っ直ぐさも、清らかさも、変わることなく。

 今でもすぐに思い出すことができる。櫻華の研ぎ始めの頃を。


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