三
櫻華に返事はない。平素と同じく全くの自然。惑いや迷いはなかった。周りの感情が無関心から恐怖に変わっただけに過ぎない。気にするべきことではない。
(――そういう意味でいえば)
と櫻華は思った。確かにくだらないことかもしれない。周りの感情など勝手に変わり勝手に決め付けられる。
(けれど)と、櫻華は続けて思う。今はそれでよかった。そのくだらぬことで助かっている。
今、周りに騒がれたくはなかった。問題は自分の内にある。
「それよりも、散華だ」
神楽の言葉で、櫻華は知らず思索していた頭を現実に戻した。いつの間にか本へと戻していた視線を、再び神楽へと向ける。
「おもしろい奴とは思っていたが、まさか散華を使えるとは思わなかった。実際に見たのはわしも初めてだ」
先ほどとは違う友好的な笑みを浮かべて神楽は櫻華へと話を続けた。周りの事などにはあっさり興味をなくし――元より興味というよりは周りの反応を面白がっているに過ぎないが、ともあれ今は目の前の少女へと興味は移っていた。
「師は誰だ?」
学院で教えられる人間がいない以上、別に習うよりほかしようがなかった。しかも、一目で実力者と分かるほどの使い手である櫻華を育てた人間。どんな人間でどれほどの力を持っているのかは興味はある。
櫻華は相変わらず黙っている。が、反応がないわけではなかった。俯き少し迷う。
(ほう?)
その些細な反応でさえ珍しく多少驚きながら神楽は見つめていると、櫻華はしばらくしてから読んでいた本を閉じ、少しだけ掲げて顔を上げた。
「ふむ?」
櫻華のその行動の意味が咄嗟には分からず、神楽は唸った。櫻華から本へと視線を移す……そして、その意味するところに気付き、珍しく神楽は目を見開いた。
こちらの問いに答えるように掲げられた本。つまりは――
「まさか、書物で……独学で身に付けたというのか」
小さく頷き、櫻華は本を下ろした。
「ふ……くっくっくっ……」
それを見て、神楽は俯き肩を震わせた。そして、
「あっはっはっはっ! そうか、自ら得たか!」
神楽は声を上げて笑った。こんなに愉快な事は生まれて初めてかもしれない。
周りから注目を浴びる中……元々注目されていたのは知っていたが、なおさら注目を浴びる中、神楽は暫く笑い続けた。
(本当に面白い奴だ)
散華の道を選んだことも、散華を自得したことも、その上、あれだけの力を持ったことも。これほど面白い奴はいないだろう。




