十一
――ザッ
右腕を失った鎧武者が一歩足を後ろに退く。まるで目の前の小さな桜の少女を恐れるように。残り二体の鎧武者も動きを止めていた。誰が敵となるのか――脅威となるのか気付いたのか、芹奈に向かっていた一体も、学院に向かっていた一体も櫻華へと顔を向けてきた。
あまりの突然の出来事に学院が静寂に包まれていた。聞こえていた悲鳴も今は止まっている。
櫻華はゆっくりと歩いていく。櫻華が一歩進むごとに鎧武者の足も一歩退いた。櫻華はそのまま歩いていき、そして、巴から距離が離れたところで立ち止まった。
鎧武者も立ち止まる。櫻華の元へと集まった三体の鎧武者が。
「…………」
巨大な鎧武者に囲まれても、櫻華に惑いはなかった。静かに、ただ静かに立っている。誰もがその光景が理解できず、動くこともできないまま鎧武者と櫻華を見つめていた。
巴は力落ちたまま、その場に膝をついた。何が起こっているのか分からない。
「――何故、力がないと思った?」
静かに、神楽が口を開いた。
「何故、何もないと思った?」
嘲りを含んだまま、言葉を続ける。それは巴に言っているようでいて巴には言ってはいなかった。誰にいうわけでもなく、まるで学院全体に向かって嘲るように神楽は笑った。
「何故、自分よりも下だと思った?」
そこで、初めて神楽は巴を見た。
「力を測ることもできない器で、自分は人より優れていると思っていたか」
言葉がでない。否定もできない。いや、話すらできる状態ではなかった。
「痴児め」
今だ呆けている巴の全てを見透かしたように神楽は吐き捨て、桜が舞い始める中、櫻華を見つめた。
サァ――――
――いつからか桜が舞っていた。
校舎の近くにある桜から風で流されているわけではない。だが、どこからか桜の花弁が舞い踊っていた。
櫻華を囲む鎧武者三体。その鎧武者は桜が舞っていることを気づいているのだろうか。
オオオォオオォォオオ――――
左右の武者が太刀を振り上げ、右腕を失った中央の武者が左腕を振り上げる。
「…………」
櫻華は無言のままで居た。
平素と変わりなく静謐に穏やかに、わずかに吹く風に髪と道着をたゆたせたままただ佇んでいる。
オオオオオオオォオオォオォオオオ――――!
そして、魔の唸りが響き、太刀と拳を振り下ろした。
――その時、千載の桜が咲き誇った。
サァァァァァ――――
三体の鎧武者が桜の花弁となり、空へと舞っていく。
その中心で、櫻華は微かに俯いたまま静かに佇んでいた。
構えを取ることもなく、ただ風に吹かれるまま桜の花弁に包まれ黒髪をなびかせている。
誰一人声を上げることもなく、皆は櫻華を見つめていた。
その中で、唯一人神楽だけが笑みを浮かべ一言呟いた。
「散華か」




