八
「――分かっているのだろう?」
些かも変わることなく普段どおりに――世間話をするように、戦いの間で神楽は呟いた。
「言わなかったな、分かってなお」
息がかかるほどの至近距離で、神楽は笑みを浮かべる。
「今なら逃がすこともできただろうに。まあ、お前が言わなかった理由も分かるがな」
櫻華は応えない。だが、神楽は気にすることなく右肘に力を入れながら、なおも顔を寄せてきた。
「ここは戦うための学び舎だ。その人間が逃げていたら話にならぬものな」
にっと笑った瞬間、神楽は力を抜いて腰を僅かに落とすと櫻華の首に向かって左手を向けてくる。櫻華は無言のまま向かってくる左手を右手で弾き、左足を踏み込んで神楽の足の間へと入れた。
至近距離だった互いの身体が更に密着する。この距離では拳も蹴りも打ち込めない。そのまま櫻華は右足の親指に力をいれ神楽の胸に左肩を寄せ、そして、体当てを打ち込むためもう一度踏み込もうと腰を落とした瞬間、神楽が櫻華の肩を右手で掴んだ。
「――――」
再び動きを止める二人。神楽は右肩を掴んだまま、笑みを浮かべた。
「まあ……戦えればの話だが」
それだけを囁くと、バッと掴んだ肩を押し出し神楽は軽く後ろへと飛びのいた。
全ては数秒の出来事。周りは声もなく二人を見つめていた。しかし、その視線は感嘆ではなく驚愕だった。何より櫻華の動きに対しての。
「妙月さん……識さん」
巴も同様に息を呑んで二人を見つめている。しかし、巴の場合は櫻華よりも神楽の動きに驚いていた。何故なら、自分と組み手をしている時とまるで動きが違ったからだ。打ち込みの早さも、身体の動きもまるで違う。
手加減をされていた――そう思わざるを得ない。
そんな様々な視線を気にすることなく、櫻華は神楽を見つめ――すぐに視線を外し、学生たちがいる後方へと顔を向けた。まるで、神楽との相手はもう終ったかのように。
(なに? なんなの?)
まだ驚愕が残ったまま、誰もが櫻華の行動を理解できなかった。互いに顔を合わせ、櫻華の視線を追う。




