五
そんな囁きと視線の中、神楽と櫻華は学生たちから離れた広めの空き場所へと歩いていき、やや距離を置いて立ち止まった。
お互いに言葉はない。神楽は楽しそうに笑ったまま、櫻華は平素と変わらぬ表情で立っている。
緊張も気負いも何もない。構えすらとっていなかった。今から組み手をするなど嘘のように二人は対峙して視線を合わせている。元より、すぐに組み手を始められる距離ではない。おそらく、順通り互いに礼をしてから組み手を始めるのだろう……と、誰もが思っていた瞬間だった。
――タンッ
予備動作なく自然そのままに神楽は地面を軽く蹴り上げた。七尺ほどあった距離を一瞬で踏み込み、櫻華へと左の拳を打ち込む。その拳を右足と右肩を後ろに引く動作だけで避ける櫻華に、神楽は続けて右拳を打ち込んだ。
顔へと迫る拳の軌道を櫻華は慌てることもなく左手の甲で流し、そのまますっと静かに身体を下がらせる。その下がった櫻華の鼻の先を神楽の左蹴りが通り過ぎ、勢いのまま続く回し蹴りをなお身体を半歩下がらせてかわすと、櫻華は右足を引いて僅かに腰を落とした。
「ふ――」
周りから見ればほとんど分からないようなその僅かな櫻華の変化に、神楽は笑みを浮かべた。自然体に限りなく近い構え――だが、足を止め腰を落としたということは、こちらを迎え撃つという櫻華の意思の現れだった。
(本当にお前は)
面白い奴、と再び思わずにはいられない。櫻華の動きに驚くことはない。組み手を一目見たときから、そして、小太刀を使っているということから、体術に秀でていることは分かっていた。
だが、実際に向き合うと、また一段深く分かってくるところがある。迎え撃つ構え――見かけによらず好戦的、という意味ではない。対しても圧などはなく、櫻華の気配は常と変わらず森林のように静かだった。おそらく、その心底は芹奈と組み手している時と変わらないだろう。
『だからこそ』面白い。
肝が据わっているということでもない。常と全く同じく、少しも変わっていないということに、だ。自分が相手でも些かも惑うことはない。その力を分かっていてもなお全てを受け、迎え撃とうとしている。
(誰が相手でも、どんな相手でも変わらぬか。それほどの――)
――器。
揺るぎがなく淀みがない。かといって石のように硬くはなく、緩やかに相手を受け水のように流れる。




