四
「し、識さん?」
神楽に気づき、櫻華と組み手を始めようとしていた芹奈が少し慌てた声を上げた。
それを無視し、神楽はにっと笑って口を開いた。
「櫻華、わしとやろう」
「……え?」
芹奈の呟きと共に、巴を含めいつもと違う状況に気付いた全員が一斉に神楽へと視線を向けた。
櫻華の返事はない。だが、構わず神楽は櫻華へと近づき、顔は向けないまま今度は芹奈に話を続けた。
「良かろう? どうせ相手がいないのであれば」
「ぇ、あ……はい」
まだ驚きが消えないまま返事をする芹奈。同様に、周りの学生たちも驚きを隠せていなかった。
それは、たった一つの疑問。
『なんで、妙月櫻華なんかと?』
「……識さん」
消えていた疑問が再び浮かび巴は呟く。気にすることでも、不思議なことでもない。組み手は誰とでもしていいのだ。それでも言葉にできない何かが引っかかった。
何もない……少なくとも、興味を持つようなことなど何もない。そんな相手を、何故そこまで相手にするのか、気にするのか――
「じゃあ、妙月さんは識さんと……」
周りの空気もあってか、ともかくもそう言ってその場を離れようとする芹奈に――
「――先生」
凛と鈴が鳴るように澄んだ音色――あらゆる雑音の中で、不思議と聞き逃すことがなく聞こえる静かな声音を響かせ、今度は櫻華が口を開いた。
「え!? ど、どうかしたの、妙月さん?」
更に驚きながら芹奈は問いかけた。そして、それは周りの学生も同様だった。
櫻華が自ら何かをいうことはほとんどないのだ。それが、何かを言おうとしている。
「……いえ、すみません」
しかし、わずかの逡巡の後、櫻華は口を閉じてすぐに話を終わらせた。
「う、うん……」
訳がわからず芹奈も頷く。
そんな二人を変わらず笑ったまま見つめ、神楽は櫻華へと声をかけた。
「さあ、やろうか、櫻華」
「……分かった」
櫻華は小さく返事をし、神楽と共に組み手のできる空いた場所へと歩きだした。
不自然な沈黙が続いていた――が、それもしばらくの事。
すぐに巴の周りにいる学生たちは口々に囁く。
「なんで、あの子なんかと」
「そうだよ、あの子も断ればいいのに」
「妙月さんじゃ相手にならないよ。四埜宮さんと互角にしているんだから」
「そうそう、巴といつもしていたのに。ねえ、巴?」
「――うん」
否定も肯定もせず曖昧に返事をし、それでも笑顔は忘れず巴は周りの話に頷いた。




