二
大きな結界となる神社仏閣には神主や巫女、つまり人が住み守護しているため破壊されることはそうそうなかった。だが、小さな社や祠となるとそれぞれに人が護るわけにはいかない。その為、地域で管理し見廻るようにしていた。
しかし、この二百年、防人学院の廃れた理由と同様、魔の出現の低さから結界の管理もずさんなものとなっているのは否めなかった。開発によって知らずに壊されていたという話もよく聞く。逆にいえば、それでも大した騒ぎにならなかったのはそれだけの大きな魔が出ることがなかったからだ。時折出ても、一般の人間が目にすることなく防人で対処できる程度のものだった。
だが――
「形のある魔など、普通の人間にはそうそう見れるものではないからな」
神楽のいうとおり、今回の騒ぎは違った。魔の形には様々あり、その中にもちろん強弱がある。形を成していない黒煙や影程度のものは最も弱く、一般の人間もよく見て知っている魔の姿だった。
しかし、今回はおぼろげながらも動物や人の形を成していると櫻華も噂で聞いていた。そして、一般の人間が見ているということは、防人が対処できていないこととなる。つまりは出現率がそれだけ高いということだ。もし、それが噂ではなく全部真実というなら、問題はもっと深刻となる。社の一つ程度でそれだけの魔は出現しない。把握できていないところで、更に多くの結界が壊されているという意味だった。
「これは身を入れて修練せぬとな。なあ、櫻華?」
神楽は櫻華を見つめ、愉快そうににっと笑った。
「もしかすれば、この学院にも魔が来るかも知れぬからな」
視線が合う。が、櫻華は自然のままだった。神楽の言葉の意味を問いかけることもしなければ、意味を悟って睨むこともない。
数秒の沈黙――そして、
「識さん」
神楽の後ろから声が聞こえ、互いに視線を外すと声のほうへと顔を向けた。
「一時限目は体術だから早く道着に着替えてくださいね……妙月さんも」
「そうか、分かった」
空気を察してか、いい難そうに伝える巴の言葉に頷くと、神楽は再び櫻華へと目を向けた。
「だそうだ、櫻華。早く着替えていかぬとならぬな」
神楽の言葉に、櫻華は無言で立ち上がる。同じようで何かが違う――そんな二人を巴はただ見つめるしかできなかった。
傍から見ても奇妙な二人。巴だけでなく教室に居る全員の注目を浴びながらも神楽と櫻華は着替えていき、最後にシュッと帯を閉める。
「さあ、行こうか、櫻華」
そして、周りを気にすることなく一言そういい、神楽は歩き始めた。
櫻華の返事はない。
ただ一瞬だけ窓の外を見つめ、そして、神楽の後を歩いていく。
窓の外にはいつもと変わりなく、ただ静かに桜が舞っていた。




