一
授業前の朝の時間――いつもと変わらぬ学院、いつもと変わらぬ教室……というのもおかしい表現だろう。建造物の形はそうそう変わるものではない。だが、その内にある空気というのは日々変化していく。
もっといえば、中に居る人間が。内に在る人の心が。
神楽が転入してきて十日のこと。識家のお姫様という存在に学生たちが慣れてきた頃、白峰学院に新しい噂が流れ始めた。
「ねえ、知ってる? 最近、魔の出没が多くなっているんだって」
いつもと違う空気、いつもと違う教室のざわめき。だが、こちらが気にすることがなければいつもの日常と変わらない……と言う風には、今回は少しなれなかった。
「先生たちが話してた。防人も動き回ってるみたい」
「北の社の結界が壊されたとかいってたよ」
「それほんと!? じゃあ、もしかしてこっちにも来たり……」
「私たちも戦うことになるのかな」
聞くともなしに耳に入ってくる話を頭の隅で聞きながら、櫻華は読んでいた本から顔を上げ窓の外を見つめた。
いつもと変わらない、いつもの風景。いや、建物のように確かな形がない以上何かが変わっているのかもしれないが、こちらが気にすることがなければ、いつもの風景と変わりはない。
――だが、気にすれば変わって見えてくる。
何が変わったのかを聞かれれば、明確なことは櫻華にも分からなかった。いうなれば、これは感だ。それでも、変わったと感じれば、それは間違いなく変化には違いなかった。周りがどうかではない。問題は自分自身がどう感じ、それに対してどう変わるか――などと、今更考えるまでもない。
(要らざること――)
櫻華は遠く見える桜に、瞼を少し伏せた。
考えるまでもなく、要らざることだった。変わる必要はない。どう在るかはすでに決まっている。
「物騒だな」
物騒とは程遠い、明るい声が後ろから聞こえてきた。外への視線を外し、声のほうへと向ける。確認するまでもない。声の主は、神楽だった。
何が楽しいのか、笑顔のまま神楽は話を続けた。
「結界が壊されたそうだ。近辺では早くも騒ぎになっているらしい」
結界――人の世の安寧を脅かされないよう、魔が退くように張り巡らされたもの。といっても特別に何かをしているわけではなかった。何故なら、古来より不自然なく人の生活に密着している建物――神社仏閣をして結界とならしめているからだ。その他にも、より結界の安定を図るため小さな社や祠などが無数にあった。北の社というのもその一つとなる。




