十四
黒髪を後ろで結び、身長は同年代に比べればやや低め。
黒耀のような瞳、透き通った白い肌。
発する声は、静かに凛と響く鈴の音色。
受ける印象は、静謐として控えめに瞬く真夜中の一つ星。
無言で佇み白い閃光照らす中天の月。ただ地を見つめるだけの闇夜空。
誰も気にしない地で、ただひっそりと咲く小さな一輪の花――
だが、名の印象はそれとはまったく違っている。
妙なる月の櫻の華――妙月櫻華。
桜を関した名前なのに、春の陽気さも華やかさもなく、まるで咲く事を待っている桜の蕾のように――または、散るのを待っている桜の花弁ように、ただ櫻華の周りには静けさだけが漂っていた。
――神楽が分かったことといえばその程度のものだった。人は皆、この娘を平凡な面白味のない人物と評している。誰が見てもそう思うだろう。事実、隣に居る陰気な娘を見ている限り、それ以上のことはないようにも思える。少なくとも、周りから得られることに関していえば。
転入してから四日目の朝。神楽は教室に入ると、着物の袂をゆるやかに揺らし――規定であるセーラー服は早々にやめ、派手さは無い控えめな色合いの、だが古くからの趣と品のある動きやすい袴を着た姿で――迷うことなく歩を進めていく。
学生生活というものを始めて三日。始めのうちは興味もあったが、今ではもう飽きがきていた。元々、我慢強いほうではない……いや、こんな生活を三日というのなら我ながら我慢したほうだろう。自慢にもなるまいし、褒められもしないことだろうが。
ともあれ、もうこれ以上学院を見る必要はなかった。たかが知れるというのは案外つまらないものだが、一人でも居た幸運を感ずるべきだろう。
「櫻華」
呼びかけ、神楽は櫻華の机の前へと立った。
「…………」
櫻華の返事はない。一瞬だけ視線を上げると、すぐに読んでいた本へと視線を落とす。
「おもしろいな」
神楽は櫻華の態度を気にすることなく前の席に座り、前置きもなく一言そう言った。
「いや、おもしろい奴だ、お前は」
再び言う神楽。だが、櫻華の変化はない。相変わらず無言で本を読んでいる。
(大した肝だ。薄々、わしの正体には気付いているだろうに平素と変わりない)
笑みがこぼれる。神楽にとって、この娘がどれほどのものかを知ることだけが今の生活の唯一の愉悦となっていた。なので、言葉を返してくれなくとも、櫻華の反応を見れるだけで神楽は楽しくてしょうがない。
「ここへ来て四日。この学院のほとんどは見たが、これといった人物は見当たらなかった。最初に――」
櫻華の開いている本へと手を被せ、意識をこちらに向けさせる。
「最初に、お前を一目見てしまった為、この学院にはどれほどの人間がいるのかと期待したのだが。まあだが、残念でもあったし、幸せでもあった」
仕方がなく櫻華は顔を上げると、神楽は視線を合わせにっと笑った。
「一番最初にお前を見つけたお陰で、退屈になるかと思っていた生活が一日目から楽しいものへとなったからな」
櫻華に変化はない。無愛想といわれればそうだが、感情的に揺らいでもいなかった。つまりはむっともしていなかったし、殊更に無視しようともしていない。森林のように静かなままだった。
この娘は常にそんな空気を持っている。間に触れた時に感じる一瞬の無音と、澄み切った涼やかな風――もちろん現実に無音でもなければ風が吹いているわけはない。だが、そう錯覚させるような雰囲気を目の前の娘は持っていた。とはいえ、気付く者はほとんどいないだろうが。




