六
――桜が舞っていた。
柔らかく瞳を閉じ、布団の上に正座したまま。櫻華の周りには櫻が舞い散る。
散華の桜。
お茶の用意をしていたほんの数時――尚、目覚めたばかりだというのに。
雪はその優雅さに目を奪われた。そして、また。
(そのまま花弁とともに消え入りそうな――)
そんな儚さもある。
気配を感じたのか、櫻華はすっと瞳を開けると雪へと視線を向けた。
上首の天、その当主――それは八部衆の中心とも言えた。その少女を見つめ、櫻華は散華の意を今一度感じ、だからこそ僅かに瞼を閉じた。
――要らざる事。そう心で呟く。
先の魔との戦い、深奥の散華――その奥底に確かに触れた時、自身が散華と成ることができた。
戦いの中で、華と散ることができた。もう一度、あの場へ――戦いの場へ。
「――櫻華さん」
声に櫻華は顔を上げた。
それはどういう内だったのか――雪は喜びと、悲しみの瞳を一瞬覗かせ、
「お待たせしました」
にこと微笑み、湯飲みと椀を乗せた盆を手にしたまま櫻華の近くへと座った。
「初めてです、散華を見たのは――なんだか不思議な感じがします。天は最も散華に近い存在であるはずなのに、私自身、散華という言葉自体櫻華さんを知る前まで考えたことはありませんでした。他の八部衆もそうでしょう。散華との誓約で我らが在るというのに、散華のことを忘れていたのです。そして……忘れたからこそ、道を誤った」
雪は櫻華へ向かい深く頭を下げる。
「有り難うございます、櫻華さん。貴女が在ったからこそ、我らは大切なことを今一度思い出すことができました」
櫻華は……応えなかった。散華を選んだのは八部衆の為では無い。
そのことは雪も分かっている。それでも、言葉を続けた。
「我ら八部衆、再び散華の元に集う――貴女の元にです。櫻華さん、貴女は死んではなりません。貴女は生きねばならないのです」
――桜華の視線が変わる。
「――戦い散ることをなくせば、それは散華ではない。わたしが生きるは戦いの場です。そして、死ぬのも戦いの場です」
生きる為に戦うのでもなければ、死ぬために戦うのでもない。戦いにこそ意味があり、それが全て。
(ああ――だからこそこの方は散華を選び、散華に選ばれたのだ)
けれど、
「櫻華さん。これから、八部衆で集まります。もちろん、全部族が集まるかは分かりませんが……その中心は貴女です」
これは私の我が儘――雪は内で苦しみと共に言葉を続けた。
「私は……いえ、我らは貴女を死なせるわけにはいきません。始まった乱世を鎮め、魔を降す。そして、その後の世まで。貴女は我らの主となり、将となります」
櫻華は拒むことも断ることもできたろう。決断は自分の内に在る。櫻華にはそうすることができた。
しかし、人のこと八部衆のこと、その全てを含め散華の意であるならば――
(全てを背負い、舞い散ることができるか)
自分の一念は変わらない。けれど、竜の想いを受けた心の重みだけで身体が鈍った。散華の深奥に触れたと思った……けれど、まだそれが浅いのなら、自分はまだまだ弱いのであれば。
――ひとひら――櫻華の前に一片の桜が舞い落ち、そして、消えた。
「わたしはわたしです。戦いの場に生き、そして、散る。それは変わりません」
凜と櫻華の言の葉は音を紡いだ。
「ですが、人も八部衆も散華に含まれるのであれば、それが散華の意であるならば背負いましょう」
「――有り難うございます」
雪は深々と頭を下げた。誓いと共に――命を預ける覚悟と共に。
「さあ、御飯にいたしましょう。櫻華さんには早く元気になってもらわなければ」
顔を上げ微笑む雪に、
「有り難うございます」
一度だけ瞳を閉じ――そして、櫻華もまたにこと微笑んだ。




